眠りの森のレインとシェイドZ




「――で、助けてもらってなんだけど、お前たちは誰なんだ?

あと、この『飛行船』とやらはどこに向かってるんだ?」

「ちょっとシェイド!『お前』なんて言ったら失礼でしょ!」

率直に切り出したオレの服のすそを引っ張りながら、レインが小声でいさめる。

だが、ファインとブライトは気にするふうもなく、ニッコリと笑った。

「そうだよね、2人は私たちのこと知らないんだよね。

でも、私たちは2人のこと、よ〜く知ってるんだよ。

プリンセス・レインに、衛兵のシェイド」

ファインの最後の言葉に思わず身構える。

プリンセスであること、衛兵であること、何でそんなことまで知ってるんだ?

すると、今度はブライトが笑って言った。

「そんなに身構えなくっても大丈夫だよ。

なんせ、このファインはプリンセス・レインの子孫なんだから」

は?

子孫?

「・・・レイン、お前、子どもいたのか」

「い、い、いるわけないでしょーーーっ!」

オレの言葉にレインが叫ぶ。

それに苦笑しながらブライトが続ける。

「子孫っていってもプリンセス・レインの直接の子どもとか孫ってわけじゃないよ。

プリンセス・レイン、君には同じ歳の従姉妹がいただろ?」

「え、えぇ・・・。いるけど、それがどうか・・・?」

「このファインは、君の従姉妹の曾孫なんだ」

「はぁ?」

今度はレインが思いっきり聞き返す。

「従姉妹は、さっきも言ったけど同い年なのよ!?

曾孫って・・・、そんな・・・、真面目な顔で冗談なんか止めてよ〜」

「冗談なんかじゃ・・・」

戸惑うブライトの肩を押さえる。

「悪い、レインは自分が百年眠ってたのを知らな・・・」

小さな声で言ったつもりの言葉だったが、レインが叫んだ。

「ひゃ、百年!!!?」

耳をつんざく声に顔をしかめながら、オレは言葉を続ける。

「知らな・・・かったんだ、今まで」

 

それから、オレはオレたちが百年眠ることになったいきさつをザッとレインに説明した。
 
レインはいきなり聞かされた内容に軽くパニックになっていた.
 
だがオレが気になったのは、それよりも、この話を落ち着いた様子で聞いているファインとブライトだった。
 
――さっきの子孫がどうこうっていうのが本当だとしても、どうして・・・。
 
「どうして,、あんたたちはオレたちについてそんなに詳しいんだ?
 
…オレたちが百年眠ったいきさつについても知ってるみたいじゃないか」

するとファインはにっこり笑ってこともなげに答えた。

「だって小さい頃から何度もお話を聞いてたもの!」

――お話?

ほうけた顔をしたオレにブライトが更に付け足して言う。

「プリンセス・レインと兵士シェイドの物語は本にもなってて大人気なんだよ」
 
ほ、本――!?

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て!」
「なになになになに、どーいうこと!?」
 
オレとレインが揃って慌てふためくと、

「ん?」

ファインとブライトがにっこり笑う。

その笑顔に一瞬気圧されそうになる自分を叱咤して、聞く。

「い、今、本って言ったか?」

「うん、特に女の子に人気なんだよ〜、『眠りの森のレインとシェイド』!」

「またひねりのないタイトルだな」

思わず突っ込むとファインは頬をプウッと膨らませた。

「いいの〜、タイトルにひねりなんかなくても!」

そんなファインを楽しそうに見ながら、ブライトが言う。

「まあ、タイトルはともかく、その本のおかげで僕たちの国では君たちのことを知らない人はいないんだよ」
 
・・・めまいがしてきた。

オレたちのことが本になっていて、国中が知ってる?

もう、色々と理解ができない。

これが世代の差というやつか?

――ん?ちょっと待てよ?

「今、『国』っていったよな?」

「うん」

「どこの国の話をしてるんだ?」

「もちろん、僕たちと、そして君たちの国のことだよ?」

それを聞いた瞬間、肩からふわっと力が抜けたような気がした。

「――国は、滅びてはいないのか?」

目が覚めてから、ずっと抱えていた不安。

それが、ようやく拭い去ることができる・・・。

「まあ、一応、ね」

ん?一応?

再び不安が首をもたげてきたオレに、ブライトは少し寂しそうに笑って、スッと立ち上がった。

「最初の質問にまだ答えていなかったね。

僕はブライト、君と同じ衛兵だ。

そして彼女がファイン、現在のプリンセスだ。

今から向かう場所は、仮の国のある場所・・・、僕たち国民の逃げ延びた土地だ」

「――逃げ延びた?」

「君たちが眠ってから、例の魔女がまた現れた。

もちろん、プリンセス・レインの命と引き換えに魔法書を手に入れるためにね」

「だが・・・」

「そう、プリンセス・レインの命を盾にとることは、もう出来なくなっていた。

賢者グレイスの手で、百年の眠りにつく魔法が新たにかけられていたからね。

グレイスの魔法を解くことのできない魔女は、今度は国を人質にとろうとした」

「なんだって!?」

「国民を殺されたくなければ・・・、そう言ったんだ」

「それで・・・、お父様とお母様は・・・?」

レインが不安そうに聞く。

「魔法書は渡さなかった・・・、いや、たぶん渡せなかったんだ。

魔法書を渡してしまったら、国どころか世界が滅びかねない・・・、どうしようもなかったんだろう」

「・・・・・・」

「王と王妃、そして賢者グレイスは魔女と戦う道を選んだ。

賢者グレイスは、国民を導いて、逃げ延びさせ結界によって守った。

王と王妃は兵を率いて戦った、けれど・・・」

ブライトはそこで、言葉を詰まらせた。

だが、聞かなくても理解は出来た。

あの城の現状を見ていたせいで。

「・・・魔女にはかなわなかったんだな?」

ブライトが小さく頷く。

「王と王妃は氷に封じ込められ、賢者グレイスは敗れ去り力を失ったと聞いている」

それでは、あの水晶の中の映像は、嘘ではなかったのか。

「・・・魔女は、この百年、ずっと待っていたんだ。

プリンセス・レインが目覚めるのを。

今度は王とお后を人質にして、魔法書を奪うために」

「じゃあ、お前たちが、あの城に来たのは・・・」

「もちろん、助けにだよ。

目が覚めたばかりのところを、不意打ちされたらどうしようもないもん」

賢明な判断だったわけだ。

「それに、ね。

言い伝えられている物語は、それで終わりじゃないんだよ」

「え?」

「プリンセス・レインと兵士シェイドが目覚めるとき、魔女に対抗しうる力もまた目覚める」

「私たちは、その言い伝えを信じて、今まで百年間国を守ってきたの」

「――そう、僕たちはずっと待っていたんだよ、君たちを」