眠りの森のレインとシェイドY




「ほやぁ〜、どうしたのぉ、シェイド〜」

目をこすりながら、レインがむっくりと起きだす。

あぁ、バカ!こんなタイミングで!!

案の定、魔女はニンマリと笑って言った。

「実はね、王様に頼まれまして、魔法書を取りに行かなくてはならなくなったんですよ、レイン様」

何を言い出すんだ、こいつは。

レインが寝ぼけてるのをいいことに、思いっきり騙そうとしてやがる。

レイン、こんなヤツの言うことなんか信じるなよ。

「えぇっ!お父様が?」

こら、信じるなってば。

オレがレインを止めようとした瞬間、オレは自分の手が動かないことに気が付いた。

手だけじゃない、足も、声を出そうとした喉も口も、まるで動こうとしない。

わずかに動く目で魔女を見ると、ヤツはにやりと笑った。

こ の や ろ う !!

「ええ、非常事態だということで、王様から秘密裏にたのまれたのですよ。

レイン様はもう15歳になられた。

魔法書のありかは王様から教えて貰ってらっしゃるでしょう?」

いけしゃあしゃあと言ってのけて、魔女はレインに近づく。

レインは、まだ意識のハッキリしない顔をしながら答える。

「・・・え、えぇ、確かに15の誕生日の朝に、お父様から教えていただいたけど」

「そうでしょう!それでは、急いで取りに参りましょう!」

魔女はレインの手をとり、急かせる。

「で、でも・・・、あれは決して外に出してはいけないって・・・」

レインがそう言うと、魔女はそれまでの邪悪な笑みも消して、冷たい眼をした。

「だから、非常事態と言ったでしょう?

レイン様、あなたの大事なお父様とお母様の命に関わるのですよ?」

――なんだって!!?

「なんですって!!?」

オレの声に出さない叫びと、レインの叫びが重なる。

魔女は大げさな仕草で水晶玉を取り出すと、その中を示してみせた。

その中には、大きな氷の中に封じ込められた、王とお妃が映っていた。

「お父様!お母様!!」

レインが高い声で叫ぶ。

オレは信じられない思いで、水晶玉を見つめる。

一体、何が起こったんだ?

あの水晶に映る光景も、この魔女の嘘なのか?

・・・それとも、まさか。

オレは、自分が目覚めた時に感じた嫌な予感を思い出して、ゾクリと震えた。

「王様とお妃様は、悪い魔物に捕まっておいでなのです。

救い出すには、あの魔法書を使うしかありません!

さあ、魔法書のありかを教えてください」

魔女がレインに詰め寄った瞬間、

ドッゴォーーーーン!!!



ものすごい轟音と共に、魔女が吹っ飛ばされた。

と同時に、オレの体は自由になった。

「レイン!!」

オレは状況を把握できないまま、急いでレインを腕に抱きかかえる。

魔女から離れながら、音のした方を見ると、そこにレインと同じ顔した少女がいた。

「!!」

オレとレインは驚きのあまり声も出せず、ただ眼を見張った。

レインに生き写しの顔。

ただ、髪と眼の色がレインとは違った。

少女の髪は目の覚めるような赤だった。

少女の手には大砲のようなものが握られ、その銃口からは、魔女を吹っ飛ばした弾が発射された名残の硝煙があがっていた。

オレたちが訳のわからないまま、少女を見つめていると、その少女の背後から声がした。

「ファインも君達も、早く逃げるんだ!!」



そこには、少女と同じような大砲を持った薄茶の髪の青年がいた。

そうだ、ほうけてる場合じゃない。

吹き飛ばされた魔女は、弱ってはいるが、もうすでに起き上がろうとしているのだ。

オレはレインの手を引っ張り、とにかくファインと呼ばれた少女と、茶髪の青年のいる方に駆け出す。

たぶん、彼らは敵ではないだろう。



オレ達が駆け出すのを確認して、ファインは青年に聞く。

「ブライト!飛行船は!?」

「塔の上空に待機させてる!このイバラの蔓さえ何とかすれば乗り移れる!」

ブライトと呼ばれた彼の指差す先には塔の屋上へと続く階段がある。

だが、そこにはイバラの蔓が、これでもかと生い茂っていた。

「この大砲で吹っ飛ばせるかな?」

ファインがキラキラした目でブライトに尋ねる。

わりと荒っぽいことを言う。

・・・こんなとこまでレイン似か。



「レイン!あのイバラ動かせるか!?」

「へっ?」

レインが間の抜けた声をあげる。

ファインとブライトも「何をバカなこと言ってるんだこいつは」というような目でオレを見る。

お、おい!一つ断っとくけどな、冗談でも妄想でもないんだからな!

お前らは見てないから、そんな顔するけどな、ここのイバラ、マジに動くんだからな!

と訴えようかとも思ったが、何となく駄々っ子っぽいのでやめた。

それに何より時間がないしな。

「レイン!」

と、なるべく真剣な顔を作って呼ぶ。

「な、なななな何?」

「このイバラはお前に何か関係があるはずなんだ。

その証拠に、お前を守るかのように動いていた。

何か、心当たりないか?」

レインは一瞬きょとんとした顔をしたが、オレの顔を見ると慌て考えをめぐらせた。

「よく分からないけど…。

でも夢を見た気がするわ。

何かと必死で戦っている夢。

その時、イバラの香りがしたような…」

やっぱり。

そこまで聞けば十分だ。

オレはレインの言葉を全部待たずに、レインを抱えあげた。

「へ、へひゃあ!?」

すっとんきょうな声をあげるレイン。

「あ〜、お姫様抱っこだ〜」

と何故か嬉しそうに叫ぶファイン。

「ファインも、お姫様抱っこして欲しいのかい?」

と爽やかに微笑みながら両手を広げるブライト。

ああ、お前ら!頼むから、もっと緊張感を持ってくれ!!

「ああー!もうとりあえず全員階段にむかって走れー!!」

オレが叫ぶと、ファインとブライトは慌てて従った。

「ね、ねぇ!それで大砲は使う?」

ファインが走りながら尋ねてくる。

「いや、大砲はちょっと待ってくれ。

その前に試したいことがある」

 腕の中のレインを見る。

 「レイン」

 「なぁに?」

 「あのイバラはたぶんお前の心の具現化したものだ。

 たぶん操れると思う」

 「へ?」

 「いいから、イバラに向かって『道を開けろ』って念じてみろ!」

 「え、えっ、えっ、えと、み、道を開けてーーー!!」

 レインが叫んだ瞬間、前方のイバラが一斉に動いた。

 よし、やっぱりな!

 と、思う間もなく、イバラはオレ達の後ろへと物凄い勢いで向かっていった。

 どうしたんだ?

 と思って走りながら振り向くと、ようやく起き上がった魔女がイバラの蔓に締め上げられていた。

 ・・・ご愁傷様。



魔女がイバラから抜け出さないうちにと急いで階段を昇る。

…そういえば、さっきファインが『飛行船』とか言ってたけど、それはどういったものなんだ?

話の内容からして乗り物のようだが…。

屋上へと着くと、はたしてそこに『飛行船』はあった。

それはやたらとでっかくて無機質な鳥、もしくは竜に見えた。

『飛行船』はオレたちの姿を見つけると屋上へと降り立った。

そして、その脇腹あたりがパカッと開いたと思うとそこから階段が現れた。

「早く乗って!!」

先に乗り込んだファインとブライトが呼ぶ。

戸惑いながらも、とにかく乗り込む。

と、オレたちが乗るのを待ち兼ねていたように『飛行船』が動きだした。

窓の外の景色がゆっくりと動きだす…、と思ったが早いか、景色があっという間に後ろへと流れていった。

なんてこった。

空中をものすごいスピードで飛んでる。

オレたちの時代には、せいぜい馬車ぐらいしかなかったのに。

オレの横でレインも同じように呆然としている。

レインは自分が百年も寝ていたことも知らない。

今起こったことの半分も理解できていないだろう。

ずっと黙っていたレインがポツリとつぶやいた。

「私、こんなリアルな夢初めて…」

――ああ本当に、夢だったら楽なのにな。