眠りの森のレインとシェイドX




城の塔の中にもイバラの蔓は這い回っていた。

オレが近づくと蔓たちは一斉に道をあけ、時には、レインの部屋へ誘導するかのように、動いた。

イバラの示すとおりに城の廊下を走っていると、奥に行くにつれて、イバラの花が増えてくる。

淡いピンクの花。

 

レインの部屋に近づくごとに、心臓の鼓動が速くなる。

それは、つい先ほどまであった恐怖や、不安ではなく。

ようやく、レインに会える喜びに。

 

目の前に、重厚な扉が立ちはだかる。

年代ものの木の扉は、思い返せば、開けるのは初めてだ。

レインがこの部屋にいて、オレが訪ねて行く時は、必ず御付の召使だの、ばあやだの、オレとは別の衛兵だのがいて、決して二人きりなんて、無かった。

 

何となく、息をひとつついて、扉のノブを指でなぞる。

ノブは百年の時のなかで、チリとホコリがつもり、金属もくすんでいる。

かつては、召使たちが、これでもかというくらいにピカピカに磨いていたのだが・・・。

オレの指は、ノブをなぞったまま、しばらくそこに留まった。 


扉から、スッとどいたイバラの蔓が、静かにオレを見守っている。

甘い花の香にレインを連想して、苦笑する。

そんなに恋しいなら、はやく開けろよ。

何を、この期に及んで怖がっているんだ。

ぐっ、と力を込めてノブをにぎる。

この扉の向こうにレインがいる。

オレにとっては、それが全てじゃないか。

そうだろう?

 

ゆっくりと、重い扉を開けると、花の香は一層濃くなった。

むせ返るほどの、香。

その薄紅の花に囲まれたベッドの中に、レインが横たわっていた。

瞬間、息の仕方を忘れそうになる。

ようやく、会えた。

一歩、また一歩と歩み寄るごとに、体中が想いに満たされていく。

 

眠るレインは、その周りで過ぎ去っていった百年の時をまるで感じさせない。

長く美しい髪も、白い肌も、伏せたまつげの長さも、何もかもが、あの日のままだった。

その胸元に飾られた、イバラの花まで。

百年間、花までも眠っていたのだろうか、枯れもせずに、むしろ今が盛りのように瑞々しい。

そっと、レインの頬に触れる。

滑らかな皮膚の下の、確かなぬくもり。

しっとりと濡れた唇からは薄い吐息。

 

その吐息を吸い込むように、そっと口付ける。

――はじめての、キス。

 

ゆっくりと、レインの目が開く。

ずっと見たかった、愛しい緑の瞳。

――レイン。

名を呼ぼうと口を開きかけた瞬間、背後からしゃがれた声が響いた。

「ようやく目を覚まさせてくれたかい」



弾かれたように振り返ると、そこには、あの日の魔女がいた。

シワだらけの顔を更にくしゃくしゃにして、邪悪な笑みを浮かべている。

「百年は、ちぃとばかし長かったよ」