眠りの森のレインとシェイド[
逃げ延びた先の土地。
百年前、人々が移り住んだ仮の国。
オレたちのいた城から森を2つ、山を1つ、谷を1つ、そして川を1つ越えた先の山頂にそれはあった。
石を組み上げて作られたその集落は、村と言っていい規模しかなかった。
だが飛行船からその場所を見下ろしたオレは、思わず目を見張った。
山頂に村が作られていることも勿論だが…、何よりもその村全体が魔方陣を描いていたのだ。
「……何だ?あれは」
「村」
オレの質問にブライトが一文字で答える。
うん、確かに村だな…ってそうじゃなくて。
「いや、村は分かってるんだよ」
「じゃあ……、家?」
「家があるのも分かってる。
そうじゃなくて…」
どう言えば分かるんだ、こいつは。
「ああ、魔方陣?」
悩んでいるオレの胸中を察したかのようにブライトがこともなげに言う。
そ、そうそうそれそれ。
「どうして村全体が魔方陣の型になっているんだ?」
「結界だよ」
「結界?」
「魔女に住む国を追われた人々のために、賢者グレイスが作り出したんだ。
村そのものが魔方陣を形作り、魔女を寄せ付けない結界とするために」
「賢者グレイス・・・」
つぶやきながら、オレの脳裏にはあの日、オレが百年の眠りにつく時に聞いたグレイスの声が蘇っていた。
『私はあなたに託すことしかできない』
いまだに、あの言葉の意味がわからなかった。
彼女は、もしかしたら魔女によって国が危機にさらされるのを予想していたのかもしれない。
だがそうだとして、グレイスはオレに一体何を託したというんだ?
そんなオレの思惑をよそに、ブライトは言葉を続ける。
「グレイスは、魔女との戦いで傷つきながらもなお、この村を作り、人々を避難させた。
その当時は今みたいな飛行船もないから、その道のりは険しく厳しいものだったそうだよ」
そうだろうな。
ここまで、飛行船から見下ろし、過ぎ去っていった風景を思い出して、オレは頷いた。
「賢者グレイスは、その後に力尽きたと言われているんだ」
そのとき、かすかな違和感がオレの中に浮かんだ。
「グレイスは、魔女とは直接戦っていないんじゃなかったのか?」
「ああ、直接戦いに赴いたのは王とお妃だったと聞いてるよ。
グレイスも魔女と戦ったかもしれないけど、王たちの補助的なものだったんじゃないのかな」
そう、それが違和感の原因だ。
「なぜ、グレイスが戦わなかったんだろう?」
「え?」
「グレイスは昔、オレたちの国が危機に陥ったときに、一人で国を救った大賢者だ。
なぜ、魔女との戦いを王たちに託したんだろう?
王たちが国民を先導し、グレイスが魔女と戦うほうが自然なのに・・・」
「・・・・・・・」
ブライトは考え込む。
「それに、納得できないことはそれだけじゃないんだ。
確かに城からここまでの道程は険しい。
人々を魔物から守りながらなら尚更だ。
だが、あのグレイスがそんなもので力尽きるとはオレにはどうにも信じられないんだ」
「でも、どんなに力のある人だって、負けるときはあるよ」
「そう言われれば、そうなんだが・・・」
だが、やはり何か引っかかった。
グレイスが、そして王たちが、何の考えもなしに魔女に立ち向かい、そして敗れ去ったなんて、どうしても信じられなかった。
「さあ、着いたよ〜!」
深刻な表情になっていたオレとブライトに、ファインの明るい声が響いた。
その声に、床に落としていた視線を窓の外にむけると、なるほど、飛行船はすでに着陸しようとしていた。
飛行船から降り立ち、村の中に入ると、そこは普通の村と全く変わらなかった。
石造りの家々に豊かな緑。
のどかな、よくある村の風景だ。
「さっ、レイン!わたしの家に来て!!」
ファインが嬉しそうに言うと、レインの手をひいて駆けていく。
ファインとレインはこのわずかな時間にすっかり打ち解けたようだ。
二人で手をつないでいく姿は、顔がそっくりなこともあって、まるで双子の姉妹のように見える。
二人の後姿を見送っていたオレは、ふとある物に気づいた。
村の真ん中にある広場。
その更に真ん中に、巨大な岩があったのだ。
「ブライト、あの岩は・・・?」
オレがたずねると、ブライトはきょとんとした顔になった。
「岩がどうかしたかい?」
「どうかって・・・」
どうかも何も、広場のど真ん中に巨大な岩が鎮座してるんだぞ?
「変だと思わないか?
あんな巨大な岩があんなところにあるんだぞ?」
「別に僕たちが産まれる前からあそこにあるから、なんとも思わないけどな〜」
そうか、ブライトたちにとっては、これが日常なんだ。
「何か、あの岩について聞いたことはないか?」
「・・・聞いたこと?」
「あんなところに置かれるようになった理由とかさ」
「う〜ん、聞いた覚えがないな〜。
でも、村の真ん中にあるから、魔方陣を描くために必要だったんじゃないのかな?」
なるほど、一理ある。
話しながら歩いていると、小さな村のことだから、すぐに岩の前までたどりついた。
う〜ん、やっぱり何の変哲もない岩みたいだ。
やはり魔方陣を描くためだけに置かれたのだろうか?
岩に触れたまま、なんとなくグルリと周りを回る。
すると、手の先に、規則的な凹凸を感じた。
はじかれたように岩を見ると、そこには見慣れない文様が彫られていた。
これも、魔方陣と何か関係があるのか?
オレがその文様を見つめていると、後ろからブライトが言った。
「なんだかその模様、シェイドのかけてる首飾りの模様と似てるね」
「はぁ?」
オレが思いっきり聞き返すと、ブライトは戸惑った表情を浮かべた。
「え、に、似てない?」
いや、似てるとか似てないとかの前に・・・。
「何言ってるんだ?オレは首飾りなんてつけてないぞ?」
オレはチャラチャラしたのは苦手なんだ。
ましてや首飾りなんてするはずがないじゃないか。
まったくいきなり何を言い出すんだ。
すると、ブライトがオレの胸元を指差していった。
「じゃあ、『それ』は何だい?」
まだ言うか。
意外としつこいな、こいつも。
よく見ろよ、首飾りなんてつけて・・・・・・あった。
たしかに岩に彫られているのとよく似た模様が彫られた首飾りが、オレの首からぶら下がっていた。
「な、何だ!?これは!!」
「何だって・・・、知らずにずっとぶら下げてたのかい?」
うう、オレとしたことが・・・。
第一、こんなのいつからぶら下がってたんだ?
ぜんぜん覚えてないぞ?
――そのとき、オレの脳裏に再び、賢者グレイスの声が響いた。
『私はあなたに託すしかできない』
・・・・・・まさか、これが?
オレは無言のまま首飾りをみつめる。
特徴的な模様が浮き彫りにされている。
そして、岩の模様を見る。
ほとんど同じように見える模様だったが、よく見ると少しずつ違う。
まず左右が逆、つまり鏡のようになっているのだ。
そして、首飾りと岩の模様は凹凸が逆になっていた。
もしかして、これは・・・よくあるあれか?
「その首飾りと岩の模様を合わせたら、何か起こるんじゃないかい?」
「ああ、たぶんな」
ただ、何が起こるのかは分からない・・・。
ゆっくりと岩に首飾りを重ねる。
かちり。
小さな音がした。
何が起こるんだ?
しばらくすると目の前の岩が細かく震えだした。
振動だけじゃない。
熱を持ち始めた岩からは蒸気が上がり始めていた。
「ま、まさか爆発なんてしないだろうな!!?」
「ば、爆発!!?」
オレの言葉にブライトが慌てふためく。
そう言ってる間にも、岩の震えは激しくなり、どんどんと膨れ上がっていく。
「や、やばい!!逃げろ!!!」
オレとブライトは慌てて岩に背をむけて駆け出した。
その時・・・・・・、
「ふわぁ〜、よく寝た〜」
緊張感を思いっきりそぐ声が響いた。
思わず逃げかけた足を止める。
爆発音は・・・してない。
恐る恐る振り返ると、そこには卵から産まれたヒヨコのように、割れた岩から現れたちびっこい少女が伸びをしていた。
・・・・・・何なんだ、この展開は。
正直、ついていけてないぞ、オレは。
だが呆けてるオレに、少女はニッコリと微笑んで言った。
「久しぶりね、シェイド!」
・・・・・・・・・は?
「シ、シェイド、誰なんだい、あの子?」
「・・・オレが聞きたい」
「で、でもあっちはシェイドのこと知ってるみたいだぞ?」
「そう、みたいだな」
オレたちが小声でそんなことを言いあってると、少女が明るい声をあげた。
「ああ、体を元に戻すの忘れてたわね」
?
すると突然、少女の体がまばゆく光り、あっという間に・・・よく知ってる人物が現れた。