眠りの森のレインとシェイドU





オレは倒れたレインを抱えて、必死に城へと戻った。

オレが広間の戸を開いた途端、誕生日パーティーで集まった人々は騒然とした。
 
王と女王が慌てて走りよってくる。
 
「シェイド!・・・一体、何があったのです!?」
 
女王が青い顔で尋ねる。
 
オレは、今日、見聞きしたものを話す。
 
はっきり言って自分でも何が起こったか分かりかねていたので、起こったことをそのまま、順番に話した。
 
いきなり現れた塔のこと。
 
レインが倒れたこと。
 
魔女。
 
魔女の言っていた『魔法書』。
 
「・・・・・・なんだって?魔法書?」
 
王がつぶやく。
 
「その魔法書を渡せば、レインは助けてやる、と言っていました」
 
「バカな。そんなこと、出来るはずがない!!」
 
王は頭を抱えながら激しく首を振った。
 
オレは、思わず語調を強める。
 
「王!その魔法書というのは一体何なんですか!?
 
プリンセス・レインの命よりも大切だとでもいうのですか!!?」
 
「・・・レインより大切なものなんて、あるわけないだろう」
 
王は歯噛みしながら、答える。
 
「それじゃぁ・・・・・・」
 
愚かなことを聞いていると、胸の片隅で思う。

王がレインを大切にしてるのは、よく分かっている。

それでも、渡せないからには、その魔法書がとても重要なものなのだろうということも。

だが、オレは、自分が何かも分かっていないもののためにレインを失うほど馬鹿げたことを受け入れる気にはなれなかったのだ。

すると、王は、そんなオレの思いを知ってか知らずか、重い口を開いた。
 
「あの魔法書は・・・・・・・・、
 
世界を殺すんだ」
 
――え?
 
何て言った?

 
「・・・・・・世界を殺す?」
 
 
滅ぼす、ではなく殺す、という響きが、余計にオレの背中を寒くした。

「・・・・・一体、どうなるっていうんですか」

背筋を襲う寒気を振り払うように、オレは聞く。

もしかしたら、声はわずかばかり震えていたかもしれない。

「分からない。

私も、詳しくは知らない。

ただ、それは世界を殺す魔法書だから、けして誰の目にも触れさせず、王が守っていかなければいけないと言い伝えられているだけなのだ。

それに、たとえその魔法書がどんなものであろうと、レインをこんな目にあわせるような魔女に、渡すわけにはいかない」





確かにそうなのだろう。

世界を左右するような魔法書を、あんな魔女に渡すわけにはいかない。

けれど、とオレは思う。

それではレインはどうなるのだ。

先ほどから、オレたちの会話をよそに、医者や召使が懸命に治療を試みている。

だが、どうもそのどれもが徒労に終わっているようだ。

天秤の片側にかけられたのが、世界だとして、そのもう片側がレインだったら…、両方を救う手立てはないのだろうか。

拳を強く握りしめる。

痛いくらいに。

自分をこんなにも情けなく感じたのは初めてだった。

――レイン。

そういえば、まだオレの本当の気持ちも伝えないままだったな。
 
 
 


その時、パーティーの招待客の中から一人の女性が進み出た。

瞬間、その場の空気が変わった。

美しく長い髪に、優美な物腰。

まとうオーラは気圧されるほどに神々しい。

「…大賢者グレイス様」

誰かが、その名をつぶやく。
 
かつて我が国が危機に陥った際に、それを救ったとされる伝説的な賢者だ。
 
・・・オレも、直接見るのは初めてだ。
 
そのたおやかな姿は、過去に国を救ったことをイメージさせない。
 
どこか、レインに似ていると思った。
 
 
 
大賢者グレイスは、すべるように歩き、レインの傍らに立った。
 
そして、その手をレインの頬に優しく触れさせると、かすかに眉間を狭めた。
 
その場にいた、だれもが沈黙した。
 
・・・一体、何を言うのだろう。
 
しばらくの静寂の後、大賢者グレイスが口を開いた。
 
「プリンセス・レインは、魔女の毒をうけたようです」 
 
その言葉を聞いても、みな黙ったままだった。
 
「・・・・・・ど、く?」
 
ようやく、オレがその一言を振り絞る。

 
すると、大賢者グレイスは真っ直ぐにオレを見つめた。
 
オレは、またも気おされそうになって、強く拳を握って耐える。
 
息を吸い込んで、腹に力を入れる。
 
「解毒剤は、ないのか?」
 
短く、聞く。
 
大賢者に対しての物言いとしては、ひどくぶっきら棒かつ不躾だというのは、自分でも十分に理解している。
 
だがグレイスは、それに気分を害した様子も無く、ただ、ゆるゆると首をふった。
 
「ありません」

 
心臓に杭を打ち込まれたような気がした。
 
体が固まったまま、何も言葉を返せないオレにグレイスは哀れむような表情を浮かべて、言った。
 
「この毒も含めて、魔女の毒というものは、それぞれの魔女の独自の毒草の配合で作られています。
 
しかも、それに何重もの魔法がかけられているので、どんな毒草を使っているのか分からないのです。
 
もしも間違った薬を与えれば、その瞬間に、プリンセス・レインは死んでしまうでしょう」
 
――それでは、もうレインを救う方法はないというのか・・・?
 
オレは胸の中に現れた言葉を口に出せなかった。
 
口に出してしまったら、それが本当のことになってしまいそうで怖かった。
 
ああ、なんてことだ。
 
オレはさっきからこの上もないほどの臆病者だ。
 
レイン、お前がいないとオレはこんなにも弱くなってしまう。
 
横たわるレインの顔は、青白く生気がない。
 
・・・・・・レイン、頼むからオレを置いていったりしないでくれ。

 
 


「それでも、プリンセス・レインを救う方法がまったくないわけではありません」
 
グレイスの凛とした声がオレの耳をとらえた。
 
みなが一斉にグレイスを見つめる。
 
「ただし、それが上手くいく可能性は高くはありません。
 
それに、その方法を使うと、みなさん、もう二度とプリンセス・レインと話すことも笑いあうことも出来なくなります」
 
「プリンセス・グレイス・・・。
 
・・・それは一体どういう意味です?」
 
王が尋ねる。
 
「・・・・・・・・プリンセス・レインを百年の間、深い眠りにつかせます」
 
 
 
「人間を含めた動物は、みな自然治癒力というものをもっています。

ただ普段は治癒力よりも強い病気やケガや毒の前であまりその力を発揮できていないだけで。

今回はレインの時間を止めて、治癒力のみを高めて、百年かけて毒を分解します。

ただし、これは賭けです。

プリンセス・レインの治癒力が百年かけても毒に打ち勝てない可能性もかなり高いのです」

「それでも、それしか方法がない…?」

「……はい」



百年、という言葉を聞いてオレは愕然とした。

オレだけじゃない。

王も女王も誰もが、そのあまりに長い年月に言葉を失った。

今のこの国の医療では通常でも50年ほど生きるのがやっとなのだ。

大賢者であるグレイスは魔法の力により大変長命だという。

だが、見た目はかつてのまま若いが今の段階でかなりの年を経ているはずだ。

きっと彼女でも百年後の世界には生きていないだろう。
 
 
 
国が滅ぶか滅びないか、それくらいの長さなのだ、百年というのは。
 
「・・・それでも」
 
女王のよく通る声が響く。
 
「それでも、レインが生きているのなら、そして世界を殺さずに済むのなら・・・」
 
――レインを百年眠らせてくれ。
 
その言葉を言えないまま、女王は王の胸に顔を伏せた。


 
 
そうしてレインは、百年の眠りについた。





 その夜、オレは大賢者グレイスの屋敷の戸を叩いた。

扉を開けたグレイスはオレの顔を見て驚いた表情を浮かべた。

「貴方は……、確かシェイド、といいましたね

どうしたのです、このような時間に?」

「・・・・・・・・」

黙ったまま何も答えないオレの表情に、グレイスは何かを感じたのか、扉を大きく開けて中に入るように促した。




部屋に入ると、グレイスが暖かなお茶をくれた。

それを胃に流し込むと何だかホッとした。

そして、オレは意を決して、グレイスに向き直った。


「――グレイス様、オレの頼みを聞いてくれませんか?」









きます・・・。