something blue


  第1章:誓いの言葉
 
 
神殿の通路に響く自分の足音を聞きながら、オレは逸る心を抑え切れなかった。
 
向かう先には、愛しい恋人が待っている。
 
オレの花嫁になる為に―――。
 
 
 
「レイン、いいか?」
 
扉の前から呼びかける。声が上擦らないように気をつけながら。
 
「シェイド?どうぞ」
 
―ガチャッ。
 
息を、飲んだ。
 
柔らかな日差しの中、純白のドレスに包まれて彼女はいた。
 
 
 
 
「・・・シェイド? どうかした?」
 
まずい、思わず言葉を失っていた。
 
「いや、なんでもない」
 
心配そうに聞いてくるレインに、そう答えながらも、オレはレインから目が離せないでいた。
 
目いっぱい期待して大丈夫、か。 本当になファイン。だが、
 
それでも期待以上だ――。
 
 
 
 
「いよいよ、だな」
 
「うん。なんだか、ドキドキしちゃうね」
 
いよいよ、いや、「ようやく」という感じすらする。
 
 
 
―――甘い香りがする。
 
開け放たれた窓の外に白い花が咲いている。
 
花をまとった風がレインのドレスとベールを優しくひるがえす。
 
ひとつの、絵のようだと思った――。
 
 
 
「ねぇ、シェイド。覚えてる?」
 
ベールを見つめていたレインが、悪戯っぽく笑った。
 
「昔、一緒にお嫁さんごっこした事。」
 
「・・・ああ」
 
無表情を装ったつもりだったが、頬が熱い。
 
幼い時の、照れくさくも甘い思い出だ。
 
 
 
―――ワンダー学園に入学して間もない頃だった。
 
その日は学校が午前までで、オレは午後の予定がポッカリと空いていた。
 
ヒマを持て余したオレは、寮に帰る道をことさらに、ゆっくりと歩いていた。
 
ふと、遠くからピアノの音色がした。
 
王族が集まる学園だから、ピアノくらいたしなんでいる奴はいるだろう。
 
特に気にも留めないで耳の端で聞いていた。
 
ビン!! ダン!! ギョン!
 
「!!!!」
 
いきなりの不協和音に面食らった。
 
さっきは遠くて分からなかったが、奏でられる音色は優雅とは掛け離れて、オレの耳に打撃を与えまくっていた。
 
「〜〜〜っ! 誰だ、こんな下手くそは!!」
 
これからの予定も無かったし、怒りと、ちょっとした好奇心も手伝ってオレは音のする音楽室へと向かった。
 
 
 
 
「・・・レイン?」
 
破壊的なピアノの音の発生源にいたのは、おひさまの国のプリンセス、レインだった。
 
「・・・。今、ピアノ弾いてたのは、まさか・・・。」
 
おそるおそる聞くオレにレインは照れ笑いして答えた。
 
「私よ。あんまり上手くないから隠れて練習してたのに見つかっちゃった〜。」
 
(あんまり・・・?)
 
上手い下手の程度に多少の疑問は感じるが、彼女が自信満々に弾いていたのではないと分かってホッとした。
 
確かに、隠れて練習するには今、この場所は最適だったろう。
 
生徒達は皆帰り、学園は人気が無かった。
 
「・・・どうして、急にピアノなんか弾こうと思ったんだ?」
 
音楽の授業でも、特にピアノは必須では無い。
 
放課後に一人で練習するような理由は無い気がする。
 
「えっとね、ノーチェって音楽が大好きでしょ。ノーチェの話を聞いてたら、私も音楽がやりたくなって。でね、前にお母様が弾いていてピアノって憧れてたから・・・」
 
「なるほど。 で、前に習ったことはあるのか?」
 
「ううん」
 
・・・見たところ楽譜も無い。
 
どうやら自己流でやろうとしているようだ。
 
オレは小さく溜め息をついて、ピアノに指をすべらせた。
 
「お前は狙ってるみたいに不協和音ばかり出してる。キレイな音になる組み合わせがあるんだ」
 
3つの鍵盤を押すと、和音が響いた。
 
「わあっ・・・!!」
 
途端にレインの目が輝く。
 
「シェイド、ピアノ弾けるの?」
 
「少しだけ、な。昔、母上から教わった事がある。」
 
片手だけで、以前レインが口ずさんでいた曲を弾いた。
 
「まずは、簡単な曲を右手だけで弾けるようになる事だ」
 
「どうゆう風に弾くの?シェイド、教えてくれない?」
 
ドキッとした。 言いながらレインがオレのすぐ側に近づいてきたからだ。
 
動揺しているのに気づかれたくない・・・。
 
小さく息を吸い込んでから、鍵盤に指を下ろす。
 
「まずは音階から覚えろ。これがド。これがレ・・・」
 
「これがド。で、これがレ?」
 
オレの手に重なるようにレインが鍵盤を押した。
 
(頼むから・・・、これ以上オレを惑わすな。心臓がもたない・・・)
 
 
 
レインが、好きな曲のサビを2小節たどたどしいながらも弾けたところで、今日のレッスンは終わることにした。
 
「ありがとー、シェイド! ねえ、これからもピアノ教えてくれる?」
 
「あ、ああ」
 
「良かったv」
 
レインが満面の笑みを浮かべた。
 
その時、開け放たれた窓から強めの風が吹いて音楽室のカーテンが舞った。
 
レースのカーテンは、王族が集まる学園にふさわしく豪奢なものだった。
 
風はすぐに収まり、カーテンは窓に引き寄せられるように戻っていく・・・、途中でレインの頭にひっかかってしまった。
 
レインはしばらくの間カーテンを見つめて、微笑んだ。
 
「花嫁さんのベールみたいv ね?そう思わない?」
 
青い髪に白いベールは映えて、確かに花嫁のベールのようだった。
 
「ね、シェイド。お嫁さんごっこ、しよ?」
 
「は!?」
 
「何よ〜、私とじゃイヤなの〜?」
 
「い、いや、そういう訳じゃ・・・っ」
 
「じゃ、決まりねvvv」
 
「・・・・・・・・」
 
 
オレたちは場所を音楽室から、音楽準備室に移していた。
 
音楽教師のウーピー先生の趣味なのか、音楽準備室にはキレイな花やキャンドルやブロンズ像などが飾られていた。
 
レインはブロンズ像を窓際に置き、キャンドルを両脇に配した。
 
それは、まるで教会に祀られた神の像のようだった。
 
オレはレインに言われて、音楽室のレースのカーテンをこっそりと取り外してきた。
 
なかなか、本格的なお嫁さんごっこだな、と思いながら。
 
 
 
花を手にしたレインに、そっとレースのカーテンをかぶせる。
 
その瞬間、オレは息を飲む。
 
 
 
―レインの事を、ずっと前から好きだった。
 
気が強くて、危なっかしくて、そのくせ酷く優しい。
 
以前はつっかかってきてばかりだったが、最近はオレに向けて微笑んでくれる事も多くなって、それがとても嬉しかった。
 
 
 
真っ白なカーテンに、レインの青い髪が透ける。
 
長く、美しい、その髪に薄いレース1枚を隔てて触れる。
 
今まで、助けるときに偶然に髪に手が触れることはあったが、2人っきりで、こんな風に触れる時が来るなんて思ってもいなかった。
 
髪だけじゃない。
 
少し手を伸ばせば、少し力をこめれば彼女を強く抱きしめる事だって出来る―。
 
オレはレースのカーテンにかけた手を離せないままでいた。
 
 
 
「シェイド」
 
ふいに呼ばれて、慌てて見るとレインがレースのカーテン越しにオレを見ていた。
 
言葉を発せないまま、ただレインの目を見つめ返した。
 
顔が、熱い。
 
にこっ、とレインが微笑んだ。
 
 
 
「シェイド、汝はレインを生涯、愛し慈しむことを誓いますか?」
 
 
 
まっすぐにオレの目を見たまま紡がれた言葉は、とても真摯な口調で。
 
ごっこ遊びなんかでは無く、本当の誓いの言葉のように響いた。
 
「・・・・っ、オレはっ・・・///」
 
くそ、せめてもっと冗談ぽく聞いてくれればいいのに。
 
ごまかしようが無いじゃないか。
 
オレの誓いは、ごっこ遊びでなくて本心だから。
 
レイン、お前への本当の愛の告白になるんだぞ。
 
―それを、分かっているのか?
 
 
 
「シェイド・・・?」
 
心配そうにレインがオレの顔を覗き込んできた。
 
愛おしい、緑の瞳。
 
いつからだろう? こんなに大切に思うようになったのは。
 
 
 
「・・・・・・・・・・誓うよ、レイン。 ずっとだ」
 
 
 
 
「シェイ・・・ド・・・?」
 
レインは、まばたきを忘れたみたいにオレを見つめていた。
 
その頬が赤く染まっている気がする。
 
やばい、何だか今更ドキドキしてきた・・・。
 
オレ達は動くことも、声を発することも出来ずにお互いを見つめていた。
 
 
 
「・・・・」
 
レインの口が何かを言おうと微かに開いたその時だった。
 
「誰だーーーーー!! カーテン外したやつはーー!!」
 
教頭の部下、ヤヤンの声が隣の音楽室から響いてきた。
 
「!!」
 
オレ達は弾かれたように顔を見合わせた。
 
「ヤバい!!」
 
反射的に窓から飛び出した。
 
レインの手をしっかりと握って。
 
振り返ると息を切らしながら、いたずらっぽく笑う彼女がいた。
 
神になんて誓うまでも無い。
 
オレは、この手を離さない。
 
ずっと、変わらない―――。
 
 
 
 
 
 
「あの後、さんざん怒られたっけな」
 
思い出して、オレは思わず苦笑した。
 
急いで窓から逃げたのに、ヤヤンは意外と足が速くて追いつかれてしまったのだ。
 
あれから時間は流れて互いの肩にかかる責任なんかも重くなってきた。
 
けれど、あの時の誓いは今もそのままで。
 
 
 
本当の花嫁衣裳に身を包んだレインは、何だか照れくさそうに笑った。
 
「知ってる? 私、あの時から 貴方のこと好きだったのよ」
 
オレはレインを抱き寄せ、頬にキスした。
 
「オレは、もっと前から好きだったよ」
 
 
 
――もしも、この思いを何かに誓うのなら、
 
腕の中の、このぬくもりに。









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