第2章:花嫁 | |
青い空に白い鳩が舞い飛ぶ。
人々は口々に祝福の言葉を、シェイドとレインに送った。
日の光の射す、城の前庭で開かれたガーデンパーティー。
結婚式と披露宴が終わり、そこには近しい人のみが集まっていた。
そんな中、シェイドは人々から離れ、ひとり木陰にいた。
そこに人影が近づいてきた。
「今日の主役がこんなところでどうしたんだい?」
「・・・ブライト。」
「なかなかシンプルで素敵な式だったね、シェイド」
「・・・どーも」
「(そりゃ、お前の妹とアウラーの結婚式に比べれば地味だろうよ)」
心の中でそう呟いたシェイドに、ブライトは爽やかな笑顔を返した。
「ん?どうかしたかい?(^^)」
「いや、何も・・・」
「・・・それにしても、アルテッサだけじゃなくシェイドにまで先越されるとはね〜。 ファインが照れちゃうから、なかなか先に進めないんだよね〜」
「・・・大変だな」
「ねえ、シェイド。覚えているかい?」
「?」
「昔、僕が剣で挑んだら、君あっさりと僕を負かしちゃったんだよ」
「そんな事あったか?」
「あ〜、勝った人は余裕だよね〜!! 僕は悔しくって仕方なくてさー」
「・・・もしかして、ワンダー学園のとき」
「そう!学園でフェンシング部入ったのも、そのせいだよ!! 君も当然、武術やると思ったのに、まさか医学の道を選ぶとはね」
「オレの周りには、危なっかしい奴が多いんでな」
「くくっ」
「・・・何、笑ってるんだ?」
「シェイド、ホントのこと言っていいんだよ。 レインの為だって。」
「な!!オレは・・・!」
「ムーンマリア様たちには、優秀な従医たちがいるし、ファインは動き回るわりにはケガや病気とは無縁だしね」
「・・・」
「いっつも危険と隣り合わせ。 運動神経鈍いくせに気が強くって、怖いもの知らずで・・・」
「おい!!」
「守りたいんだろ、シェイド? ―レインを。」
「・・・・・・・オレは、お前の、そーいうとこが嫌いなんだよ///」
そういえば、レインは何処に行ったんだ?
ブライトと話していたせいで、離れていても目の端には捕らえていたはずの、花嫁の姿を見失った。
つい、さっきまでは輪の中心で歓談していたはずなんだが・・・。
「あ!シェイド様、見つけたでプモー。」
「プーモ?」
常にレイン達と一緒にいた、お付きの妖精プーモが飛んできた。
「どうした?何かあったか?」
「別に何も無いでプモが、レイン様がシェイド様の姿が見えないって、探してたんでプモ」
「レインが?」
「あ、レイン様ー。シェイド様いたでプモよ〜。」
遠くに青と白に包まれた、レインが見える。
ウェディングドレスをひるがえして、レインが駆けてくる。
「はあ、はあ。もうっ、シェイドったら、いつの間にかどっか行っちゃうんだからっ」
息せき切らして、膨れてみせるレインに苦笑気味に返す。
「悪かった。正直言うと、こういう席は苦手なんでな」
「も〜、わがままなんだから!!」
「レイン様も、これから大変でプモね〜」
「そうよっ、こんな子供みたいな旦那様抱えてっ!」
だから、その膨れっ面は止めろって・・・。
「でも、立派になられたでプモ。レイン様の、こんな姿が見られるなんて・・・」
レインをまぶしく見ながら、プーモが笑おうとした時――。
プーモの目から、涙がこぼれ落ちた。
「あ、あれ?おかしいでプモね?お祝いの席なのに、こんな・・・」
一生懸命ぬぐっているが、プーモの涙は堰を切ったように止まらない。
「・・・プーモ」
レインはプーモを優しく抱きかかえた。
その頬にも涙が伝う。
「・・・、はじめて、会った時は、本当に、小さな女の子で・・・。」
「うんっ・・・。私たち、プーモに、心配ばかりかけてた、ね・・・」
その後は、言葉が出ないようで、しばらく2人は無言で泣きあった。
「――レイン様、シェイド様と一緒に幸せになるでプモよ?」
「うん、うんっ。ありがとう・・・」
プーモは、レインと共には来ない。
この後、おひさまの国に留まるのか、プーモ族の里(そんな所があるのかどうかは知らないが)に戻るのか、それは分からない。
ただ、長年そばにいたレインと別れるのは確かだった。
レイン達とプーモの間にあった様々な出来事の1部は、オレも知っている。
命の危機すらあった。
辛い事も、悲しい事も、楽しい事も、全てが忘れがたく大切な思い出だろう。
今は、2人だけにしておこう。
あとでまた膨れっ面をされるだろうかと、そんな事をよぎらせながらオレは彼らの側を離れようとした。
その時、
「キャーーー!!!」
列席した人々の中から、悲鳴が聞こえた。
その声の方に目をやると、皆、おびえたように上を見ていた。
彼らの視線をたどると―――。
その頭上の青い空に、今日、この場には似つかわしくない、
まがまがしい姿をした魔物が、いた。
上空の魔物に、その場は騒然となっていた。
先ほどまで互いに泣きあっていたレインとプーモも、驚きに目を見張っている。
その魔物は黒いオーラを身にまとい、昼の空の中に闇を作っていた。
何だか、その雰囲気に見覚えがある気がした。
「!! あの魔物から、ブラック・クリスタルの気配がするでプモー!!」
プーモが叫ぶ。
嫌な予感が当たってしまった、そう思った。
だが――、
「ブラック・クリスタルは、あの時に全て消えたんじゃなかったのか!?」
レインとファイン、そしてプーモが命を賭けた、あの時に。
「そのはずでプモ。でも、
もしかしたら欠片がどこかに残っていて―――」
ブラック・クリスタルは悲しみや怒りを吸って成長する。
「そいつが、じわじわ成長して・・・、今になって現れたっていうのか!!?」
頭の中で、オレは、それを懸命に否定しようとした。
だが肌からビリビリと甦る記憶が、これを肯定するしかない事実だと教えた。
また、あの闇に脅える時代が来るのか・・・。
「・・・プーモ。 もう1度、プロミネンスを使う事は出来るかしら?」
ずっと黙っていたレインが口を開いた。
プロミネンス――。レイン達にのみ使える力。
ブラック・クリスタルに打ち勝てる唯一の力だ。
だが、それがレイン達の命を奪いかねない諸刃の剣だという事を、オレ達は知っていた。
「今はサニールーチェも無いし、プリンセス・グレイス様もいないでプモ・・・、もし使えたとしても、非常に危険でプモ・・・」
「そう・・・」
そうだ、今はプロミネンスの力に頼ることは出来ない。
何か他の手を考えよう。
「それでも、やらなくちゃ」
――レイン?
「だって、私たちにしか出来ないんだもの。
私たちがやらなくちゃ」
「何言ってるんだ、今プーモも言ってただろ!?危険だって!!」
レインは、オレの言葉には答えず、ただ静かに微笑んだ。
「ルーチェも無いし、グレイス様もいない。でも、グレイス様から貰った、この宝石があるわ」
その手には、深い深い青の石。
プリンセス・グレイスが永遠の眠りにつく前に、平和を願う人々の想いを込めてレイン達に送ったという石だ。
レインは祈るようにして、石を胸に抱いた。
「お願い。私たちに力を分けて・・・!」
小さな声で何度もレインは祈る。
「お願い!この星を救う力を私たちに分けて!!」
すると、胸に抱いていた石が淡く輝きだした。
その光は徐々に輝きを増し、翼のように変化して、レインを包み込みはじめた。
遠くの城のテラスでも、同じような光が小さく見える。
あれは、きっとファインだろう――。
翼のようになった光が、レインのドレスを変化させ始めた。
ふいに、オレの体に寒気が走った。
「駄目だ!!」
思わず、叫んでいた。
レインが光の中、弾かれたようにオレを見る。
オレは導かれるように、レインの頬に手を寄せた。
「オレは・・・、2度と、お前を失うかもしれない恐怖は、味わいたくない・・・!!」
女々しいとは、自分でも思った。
だが、ようやく結ばれたのに、これから本当の2人の生活が始まるはずだったのに・・・。
それを失うかもしれないと思うと、止めずにはいられなかった。
レインに触れるオレの手は、もしかしたら震えていたかもしれない・・・。
そっと、オレの手の上にレインが手を重ねた。
そして、パッと明るい顔になって言った。
「だいじょーぶ、だいじょーぶv」
「・・・なっ!!」
「ふふっ、信じてシェイド。 私ね、
大切な人たちを守るためなら、意外と強くなっちゃうのよ?」
「・・・」
「それに今回は私たちの新婚生活がかかってるのよ?
絶対に、負けたりしないわ!」
「〜っ、レインっ!!!」
もっと真面目に考えろ!と怒鳴ろうと思った瞬間、
レインが、オレに口付けた。
―――――っ。
不意打ちは、ずるいぞ。
そっと、唇を離しながらレインが囁く。
「・・・大丈夫。 私は、シェイドの側から、いなくなったりしないわ」
自信にあふれたレインの笑みに、オレはもう彼女を止めることは出来なかった。
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