第3章:君の手 | |
シェイドの不安そうな顔に、私はそっと背中をむけた。
見上げると、空の魔物は無数の黒い虫を出現させ、地上の人々に向かって放った。
虫は刃のような羽で、人々を切りつける。
あちこちで悲鳴があがる。
胸の奥がキリッと痛む。
体を包む光が、私に力をくれる。
「みんなを、守りたい・・・!」
ファインはどこ?
お城のテラスに光が見える。
「(ファイン、聞こえる?)」
心で念じる。
聞こえるはずはないだろうと、かすかに思いながら。
「(聞こえるよ、レイン!!)」
ファインの声が頭に響いた。
途端に、ぐっと勇気がわいてくるのが分かった。
「(そっちに行くから、そのまま待ってて!!)」
「プーモ! ファインのとこまで私を運んで!!」
「了解でプモー」
プーモがテレプーモーションを唱えようとする一瞬前に、
シェイドが私の手をつかんだ。
シェイドは何も言わなかった。
ただ、まっすぐに私の目を見つめていた。
シェイドの目。
夜の空のような、その目を、最初は得体が知れなくて、怪しんだり、怖がったりもした。
でも、その深い色に、いつの間にか惹かれていった。
見つめられたまま、何だか時間が止まっているような錯覚がした。
きっと、ほんのわずかな時間なのに。
――シェイドが、かすかに微笑んだ。
そして、甲に小さなキスを落とすと、つかんでいた手をそっと離した。
「行くでプモ〜」
「うん、お願い、プーモ!!」
「テレプーモーション!!!」
柔らかな光が私たちを取り巻いた。
消える瞬間、私は、わざと振り返らなかった。
だって、
―――こんな時なのに、何だか、顔が熱いんだもの。
お城のテラスに降り立つ。
「レイン! ケガとかしてない!?」
「大丈夫よ、ファインは?」
そこには私と同じドレスに変身したファインが待っていた。
私の問いに「全然だいじょーぶっ」とVサインを出して笑う。
その傍らには、プリンス・ブライト。
何だか気恥ずかしいような、不思議な感覚がする。
幼いころ、私はブライト様に憧れていた。
爽やかな笑顔と優しさで、私の理想の王子様だったから。
――ブライト様がファインの事を好きだと気づいた時は、とてもショックだった。
そして、ファインの明るさや、私に無い色々な所に嫉妬を覚えた。
でも、そんな想いも、今は、もう遠い。
私は、ブライト様にニコっと笑ってみせた。
さっき別れる時に、シェイドが手の甲にくれたキスが心強かった。
「プリンセス・レイン、せっかくの式の日にこんな事になって・・・」
「いいえ、それより早くみんなを助けないと・・・!」
私たちは一斉に魔物を見上げた。
「あんなに上の方だと、ちょっとやっかいだね」
歯がゆそうにファインが呟く。
魔物は先ほど見たときより高度を上げているようだ。
ここから攻撃しても途中で威力が弱まるか、当たるまでに時間がかかって避けられかねない。
テレプモーションで上空まで行ったとしても、足場が無い。
どうしたら―――。
「ファイン様、レイン様〜。これに乗って行くでプモ〜」
悩んでいると遠くからプーモの声がした。
(そういえば、さっきから姿が見えなかった。)
声の方を見ると、月の国の飛行船『ルナ・クイーン号』が浮かんでいた。
「おひさまの国の飛行船は屋根があって戦えないので、頼んでこちらをお借りしたでプモ〜!」
大きな月の形の気球を持つ、帆船のような『ルナ・クイーン号』は確かに一部を除いて屋根が無く、上空まで行って戦える。
「ありがとう!!プーモ!!!」
近くまで来た『ルナ・クイーン号』に乗り込もうとした時、
「ファイン!!」
プリンス・ブライトが呼び止めた。
そして、ファインをまっすぐ見て一言だけ言った。
「約束、だからね」
それを聞いたファインの顔がボッと赤くなった。
「わ、分かってる!!行ってくるね!!」
――こんな慌てて、どんな約束なのかしら?
船に乗り込んで、私たちはプリンス・ブライトに手を振った。
『ルナ・クイーン号』は上へ上へと上がっていく。
途端に、何だか不安がこみ上げてきた。
シェイドには大丈夫だと笑ってみせたけど、危険なのは本当だった。
今回の事は、何もかも突然すぎる。
敵のことも把握できていない。
助けとなるプリンセス・グレイスもいない。
何より、私たちにプロミネンスの力が、どれ程残っているかも分からない。
――ガクンッ。
船が、わずかに傾いた。
「?」
不思議に思って、船の下を見ると、
お城のてっぺんに、シェイドがいた。
王冠とマントは外したみたいだけど、基本的にはさっきの格好のままで、手には愛用のムチ。
そのムチの先が『ルナ・クイーン号』の右舷に巻きついている――。
「シェ、シェイドっ!!?
一体、何を!!!!」
ダンッ、と音をさせて、シェイドが船に飛び乗ってきた。
私は、言葉が出せない。
ファインとプーモも突然の事に目を丸くしている。
「―ど、どうして・・・」
やっと声が出た私にシェイドはニヤッと笑った。
「今回はオレ達の新婚生活がかかってるんだろ?
だったら、お前だけに戦わせる訳にはいかないさ」
「も、もうっ!!危ないじゃない!」
嬉しいくせに、こんな言葉が口から出る。
昔っから、これのせいでケンカにになってたくせに進歩がない。
でも、きっと私が嬉しいのはシェイドにばれてる。
―――だって、私、泣いてる。
シェイドがそっと、私の涙をぬぐう。
「危ないから、だろ?レイン」
シェイドは、ズルい。
その真っ直ぐな目と、ぶっきらぼうなくせに優しい手が、言葉が、
いつも私を受け止めてしまう。
それが、悔しくて、時に不安になる。
だって―――、
「はいはい、そーこーまーでっ!!」
ファインがイタズラっぽく笑った。
両手を腰に当てて、ポーズだけは怒ってる。
「もーぅ、新婚ほやほやだからって見せ付けないのー!!」
「べっ、別に見せ付けてなんか・・・!!」
「はいはい、分かった、分かったvv」
「もうっ、ファインったら!!」
「―――!!」
・・・?
遠くから、声がした気がする。
「今、何か聞こえなかった?」
「うん、何か向こうの方から・・・!!!?」
振り向いた方には、猛スピードで近づいてくる気球。
そのコクピットで満面の笑みで手を振ってるのは、
プリンス・ブライト。
気球は『ルナ・クイーン号』の横で止まった。
見覚えのある、その気球は毎年の気球レースで使われるレース用の気球だ。
特に、宝石の国の気球は、高性能で、超高速で飛ぶ事が出来る。
別れてから、あのわずかな間に、宝石の国まで行って追いついたなんて――。
もしかしたら、今年は新記録が出るんじゃないかしら・・・。
気球を『ルナ・クイーン号』と接合させてブライトが駆けてくる。
笑顔で抱きしめようとしてくるブライト様を、ファインは赤くなって押し返す。
「っブライト!! なんで、こんな無茶な事!!」
ブライト様は、さして気に留めた様子も無く、ニコッと笑った。
「どうしても、約束を守ってほしかったかったんだ」
ファインの顔が一層赤くなる。
――そういえば、気になってたのよね。
「ねぇ、約束って・・・」
「ようやく、ファインと結婚できるんだからねv」
え?と私とシェイドは瞬間固まった後、叫んだ。
「結婚!!?」
「な、ブライトっ!みんなの前で・・・っ!!」
「まあまあ、ファイン。良かったじゃない?」
「レインっ!でも〜ぅっ!」
「――何か怒ってるけどいいのか、ブライト?」
「大丈夫だよ、シェイド。照れてるだけだから、すぐに収まるv」
「結婚か・・・。なかなか前に進めないんじゃなかったのか?」
「ファインを待ってたら、ね。今回はちょっと強引にいってみたんだ」
「こんな時に、か?」
「こんな時だから、前に進もうと思ったんだよ」
「・・・」
「結婚なんて、ただの形式かもしれない。
でも、『この人を一生幸せにする』っていう誓いでもある」
「命の危険があるからこそ、か・・・」
「うん。決してファインを失いたくないから、約束したんだ。
何があっても僕の所に帰っておいでって、
そして、一緒に結婚式をあげようって」
「そうか・・・。じゃあ、何が何でも勝たなきゃな
あの魔物に――」
シェイドの言葉に、ブライトが上空を睨む。
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