something blue


第4章:それぞれの戦い
 
 
 
 
『ルナ・クイーン号』が上空に近づくごとに、ブラック・クリスタルの気配が増してくる。
 
 
 
昼の空に、濃い闇があった。
 
それは夜の包み込むような闇とは違う。
 
そこには何も無い。
 
喜びや愛しさだけでなく、きっと悲しみや怒りすら――。
 
 
 
 
闇の描く、深い深い孤独の中、主のように魔物はいた。
 
その魔物は一見、人間の成人男性のように見えなくもなかった。
 
漆黒の体に、蝙蝠のような羽根が生えていなければ。
 
 
 
・・・体中の血が、ゾクゾク凍りつくような感覚がする。
 
今まで見たどんな魔物よりも強い、恐怖。
 
ギュッと目を閉じる。
 
大切な人や、大切な事を1つ1つ思い出す。
 
守りたい、守らなくちゃいけない。
 
私は手を強く握りしめた。
 
溢れくる震えを、押し殺すように。
 
 
 
――ふいに、体が温もりに包まれた。
 
 
 
「・・・シェイド?」
 
シェイドは、何も言わないまま、
 
ただ、私を後ろから抱きしめ続けていた。
 
背中から、シェイドの熱や鼓動が伝わる。
 
 
 
少しずつ、少しずつ恐怖が、体から薄らいでいった。
 
手も震えてない。
 
私は目の前にいる魔物を見据えた。
 
もう、怖くない―――。
 
 
 
「ありがとう、シェイド」
 
そっと、シェイドの腕をほどく。
 
 
 
 
 
実を言うと、私、シェイドの前では、どんどん弱くなっていくようで、少し寂しかった。
 
どうしても、すがり付きたくなって、涙もろくなって・・・。
 
でも、違うね。
 
 
 
――貴方がいるから、私はもっともっと強くなれる。
 
 
 
『ルナ・クイーン号』の先端まで、ファインと一緒に走
る。
 
少しでも近づいて、攻撃の威力が増すように。
 
「行くわよ、ファイン!!」
 
「よーし!ドカーンと一発やっちゃおー!!」
 
プロミネンスよ、お願い。
 
私たちに、力を貸して・・・!!!
 
 
 
 
私たちは心を集中して、祈った。
 
光が集まってくる。
 
私たちの未来を守りたい・・・!!
 
 
 
私とファインは呪文を唱えようとした。
 
その時――、
 
「まんまと、こちらに近づいてきてくれたな。」
 
 
 
 
 
魔物が口を開いた。
 
 
 
私は、その時、初めて魔物の顔を真っ直ぐに見た。
 
金色に光る赤い眼が、こちらを向いていた。
 
悪意なのか何なのか、その眼にこめられた感情が、私には分からなかった。
 
出会った事の無い存在が、そこにいた。
 
 
 
「この星は、私が支配する」
 
闇が、大きく広がってくる。
 
魔物が、その闇を引き連れて『ルナ・クイーン号』に降り立った。
 
逃げ出したくて仕方ない、
 
でも逃げ出せない。
 
 
 
―――ザッ!!
 
シェイドとプリンス・ブライトが、私たちと魔物の間に割って入る。
 
「お前の好き勝手にはさせんぞ」
 
「ファイン達は僕らが守る!!」
 
 
 
 
 
魔物は、ちらりと2人を見やる。 
 
「お前たちに、用は無い」
 
無機質な声を響かせると、手を一振りした。
 
その手から放たれたのは、地上の人々を襲ったのと同じ、羽根に刃を持つ無数の虫。
 
「クッ・・・!!」
シェイドの頬を虫が切り裂く。
 
2人は完全に虫に囲まれる。
 
「シェイド!!!」
 
 
 
「来るな!!」
 
駆け出そうとした私の足を、シェイドが止める。
 
「助けに来て、心配されてちゃ意味が無い」
 
こんな状況だというのに、シェイドは余裕ありげに笑う。
 
「お前が選んだ男は、こんなもんにやられやしないさ。」
 
バシィッ!!
 
強く振るったムチが幾匹かの虫を叩き落とす。
 
「ブライト!!そっちは頼むぞ!!」
 
「ああ、任せろ!!!」
 
 
 
襲い来る虫たちを次々倒していく2人を頼もしく見つめて、私とファインは顔を見合わせて微笑んだ。
 
「よーし、やっちゃう?」
 
「やっちゃう?」
 
「やっちゃおー!!!」
 
 
 
「トゥイン トゥインクル ブルーミッシュ!!!」
 
祈りをこめて・・・、
 
「その力、私が貰おう」
 
―――え?
 
 
 
力を放出しようとする、その瞬間、魔物の声が響いて
 
プロミネンスの光が吸い取られるように消えた。
 
そして、戸惑う間も無く、
 
嵐が巻き起こった――。
 
「きゃーーー!!!」
 
「ファイン!!ファイン、どこ!!?」
 
豪雨と強風で、みんなの姿が見えない。
 
かすかに聞こえる叫び声も、激しい風の音と雷鳴でかき消される。
 
不安に襲われて、上空を見上げると
 
そこに、魔物がいた。
 
その手には大きな鎌のようなものが握られていた。
 
そして、眼下に何かを見つけると急降下した。
 
旋風が巻き上がる。
 
 
 
「――――!!!」
 
嫌な予感が、した。
 
私は必死で、魔物が降りていった地点に走った。
 
なおも襲う激しい嵐。
 
あの魔物は何を見つけたんだろう。
 
まさか、この場にいる私の大切な人たちの誰かじゃ・・・?
 
不安は段々強くなってくる。
 
頬を濡らすのが、雨なのか涙なのか分からない。
 
 
 
ふいに、目の前が開けた。
 
台風の目の中にいるように、その場だけ嵐が収まっていた。
 
怖くなるくらいの静寂の中、
 
血まみれで横たわる、シェイドがいた。
 
 
 
眼が、まぶたを失ったみたいに見開いたまま動かない。
 
「・・・シェ、イド・・・?」
 
私はふらつく足を必死に動かして、彼の元に寄った。
 
頬に触れる。
 
「ねえ、シェイド。お願い、答えて・・・!!」
 
シェイドは、全く身動きをしてくれない。
 
体中の血が凍りついていく。
 
私は信じられなくて、何度も何度もその体を揺さぶる。
 
そのうちに、どんどんどんどん頭の中が白くなっていくのが分かった。
 
シェイドがいなくなる。
 
これからの私の未来に、シェイドが存在しなくなる。
 
実感したくないものを実感して、白くなった頭の中を、もう1つのものが埋め尽くしてきた。
 
―――それは、「絶望」。
 
 
 
――絶望に身をひたす瞬間、どこかで魔物の嘲笑が聞こえた――
 
 
 
 
 
ふいに、あんなに激しかった嵐がやんだ。
 
「レイン、レイン!!?」
 
オレはレインを探して走り回った。
 
「あ、シェイド!!」
 
「ファイン!レインと一緒じゃなかったのか!?」
 
「嵐の中で、はぐれちゃって・・・」
 
ファインは不安そうに目をさまよわせた。
 
その隣では、先に合流したのであろうブライトが彼女の体を支えていた。
 
この場に、レイン1人がいない事がどうしようもなく不安だった。
 
 
 
その時、後ろから声がした。
 
「お探しの姫君なら、ここにいるぞ」
 
振り返った先には、うつろな目をしたレインがいた。
 
血まみれの「オレ」に抱きかかえられて。
 
 
 
これは、一体どういうことだ?
 
「シェイドが、2人・・・?」
 
信じられない、といった風にブライトがつぶやく。
 
「どういう事だ!? 誰だ、お前は!!?」
 
オレの問いに、目の前の自分の姿をした相手は苦笑した。
 
「ああ、すまない。プリンセス・レインを私のものにする為に、君の姿を借りさせてもらったよ」
 
言いながら、もう1人の「オレ」が変化していく。
 
――そして、魔物の正体を現した。
 
 
 
「私が入りこむには、彼女の心は少々キレイすぎたのでね。
 
絶望で心を満たしてもらう為に、
 
―ちょっと、君の姿で死んでみせたんだよ。
 
非常に上手くいったよ。
 
彼女は、もう私の命令無しでは指1つ動かせない」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
体中が激しい怒りで震える。
 
レイン。
 
―――レイン。
 
――――――レイン!!!
 
「貴様っ!レインから手を離せーっ!!!」
 
渾身の力をこめてムチを振るう。
 
だが、それよりも速く魔物は上空へと飛びすさった。
 
「ククク、いいぞ。もっと怒れ、泣き叫べ。
 
それが私の力になる」
 
「っ!!!」
 
 
 
思わず動きを止めたオレを見て、魔物はかすかな嘲笑を浮かべた。
 
「それも、時間の問題だがな。ふたご姫の片割れは私の手に堕ちた。
 
もう2度とプロミネンスは使えない」
 
「・・・初めっから、それが貴様の狙いか!!」
 
「この星が私のものになるのを、指をくわえて見ているがいい・・・!!」
 
魔物が、ゆるりと蝙蝠のような羽根をひるがえすと、レインと魔物は闇に包まれて消えた。
 
 
 
「・・・くそっ!!レイン・・・!!!」
 
「・・・シェイド」
 
ファインとブライトも、それ以上言葉が出ずに黙り込んだ。
 
昨日まで、いや、つい数分前まで腕の中にあった幸せが、
 
闇の中に消えた――。
 
「・・・っ!!!」
 
オレは、虚しく残った空をムチで斬った。
 
 
 
 
 
「ええっ!国を空ける?」
 
驚くブライトの声を背中に、オレは黙々と荷造りをする。
 
「レインを助ける為だ。あの魔物を倒すまでは戻らないと思ってくれ」
 
「でも、ムーンマリア様が体調がすぐれないから、今の国政はほとんど君がやってるんだろ?」
 
「オレなんか、いなくても何とかなるさ」
 
「そんな・・・!!」
 
「今の大臣は優秀だし、この時期は大きな行事も無いしな」
 
「それでも、」
 
なお、言いつのるブライトに、オレは国を空けようと決めた時から、ずっと考えていた事を口にした。
 
「それに、友人である宝石の国の王子が助けてくれるかもしれない」
 
「!! ・・・」
 
「・・・頼まれてくれないか?ブライト。
 
オレのいない間、月の国を支えてやってくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・」
 
「・・・・・・」
 
オレ達の間に、しばらく沈黙が流れる。
 
―やはり、ダメか?
 
「・・・しょうがないな」
 
ため息をつきながら困ったように笑うブライトに、オレは体から力が抜けたような気がした。
 
「ブライト・・・!」
 
「ただし! 僕が月の国を崩壊させる前に、さっさとレインを連れて帰って来いよ!」
 
「ああ、分かった」
 
「――パーティーの用意をして待ってるよ。
 
いつ帰って来てもいいようにね」









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