something blue


  第5章:雫
 
 
 
レイン達の行方を探すにも、霧のように消えた彼らの居場所に心当たりなんて無かった。
 
「どーしても付いて行くでプモー」
 
と言うプーモと相談した結果、まず月の国の神官である占い師に占ってもらうことになった。
 
 
占い師のいる砂の神殿は、砂漠の東にある。
 
あの辺りには激しい砂嵐が多発する為、飛行船では行く事が出来ない。
 
「このプーモに任せるでプモ!
 
テレプーモーション!
 
・・・・・・・・・て、
 
できなかったんでプモー!!」
 
あの魔物に、レインと共にプロミネンスの力も奪われてしまった為に、テレプーモーションは使えない。
 
「・・・しかたない、また昔のようにレジーナに世話になろう」
 
 
 
月の国の厩舎に行くと、レジーナが大喜びで迎えてくれた。
 
「元気そうだな」
 
背中をさすってやると、嬉しそうに鳴く。
 
かつて、ふしぎ星が危機に襲われた時、オレは、このレジーナに乗って星中を旅した。
 
あれから、10年近くの時が経っているが、長命なレジーナは少しも衰えていない。
 
「レインを探しに行くんだ。付き合ってくれるか?」
 
レジーナは肯定の言葉の代わりに、頬をすり寄せた。
 
 
 
ふしぎ星はある程度、人工的に管理されている。
 
とはいえ、月の国にある砂漠はさすがに暑い。
 
オアシスをのぞいて植物もほとんど生えていないので、木陰も無い。
 
乾いた暑さに汗が止まらない。
 
のども渇いてきたが、持って来た飲み水も限りがある。
 
日よけの布をかぶったプーモも、オレの肩の上でへばっている。
 
「・・・さすがに、砂漠の横断はツラいな」
 
かすかな溜め息と共に空を仰いだ。
 
 
 
その時、
 
空から雨粒が降りてきた。
 
 
 
雨は一気に激しさを増していく。
 
何週間、いや何ヶ月ぶりかの砂漠の雨。
 
砂に染み渡り、土を潤す。
 
数少ない植物が、貴重なこの瞬間に葉を広げ、根を、茎を伸ばす。
 
髪に、頬に、手に雨の粒がふれて流れる。
 
 
―――レイン、
 
お前と同じ響きを持つ水のしずく。
 
 
 
プーモが雨宿りをしようと促すが、
 
オレはそこを動けなかった。
 
 
 
乾いた大地を潤すように、お前はオレの中に潜む。
 
かけがえの無い存在、
 
それが無くては生きていけない――。
 
 
 
雨に濡れたオレの頬を、暖かいしずくがつたった。
 
 
 
 
 
 
 
砂漠の短い雨が降り止んだ。
 
オレはレジーナから降りて、体についた雫を落とす。
 
見上げると、雨上がりの強い日差しを受けて、砂の神殿が輝いていた。
 
 
 
重い木の扉を開けると、砂漠にしては珍しく涼やかな空気が流れて来る。
 
石造りの神殿は、細い窓から日の光が漏れてくる以外は、しっとりとした影を内に包んでいた。
 
足音がカツーン、カツーンと響く。
 
神官の姿を探す。
 
まさか、いないんじゃないだろうな?と思った時、
 
「ようこそ、プリンス・シェイド」
 
背後から声がした。
 
そこには、月の国の伝統的な、淡い黄色の衣装をまとった神官が微笑んでいた。
 
「いかがなされました?このような辺境の神殿まで」
 
 
 
「レインがさらわれた」
 
椅子につくなり、そう切り出したオレに、神官は目を見開いた。
 
「レイン様、が・・・?」
 
「詳しい事は省かせてもらうが、魔物に襲われたんだ」
 
「・・・分かりました。占うのは、レイン様の居場所、で宜しいですか?」
 
詮索をしないでいてくれる神官に、オレは感謝で息をつく。
 
「ああ、頼む」
 
 
 
神官は黒曜石で作られた、大きな盆のような器を持って来た。
 
それを水でいっぱいに満たすと、静かに手をかざす。
 
黒曜石に包まれた水は、まるで夜の空のようだ。
 
その水の中を小さな光が、現れては消える。
 
やがて、小さな光が幾つも集まり、星のように静かに輝き始める。
 
神官は、その光でも、水でもなく、その向こうにある何かを見つめているようだ。
 
そして、ゆらめくように、何度かその手を動かす。
 
光は、その動きと呼応するように輝きの強弱を変えた。
 
ふいに光が消えた。
 
と思うと、神官はかざしていた手を外し、こちらに顔をむけた。
 
「見えました」
 
 
 
オレは無言で神官の次の言葉を待つ。
 
「たくさんの木々と、夢を抱く種。
 
それらが闇に染められていく光景の中に、レイン様の姿がありました」
 
「たくさんの木々と、夢を抱く種・・・」
 
「きっと、タネタネの国とドリームシードの事でプモー!」
 
「神官!それは、いつ頃の光景だ!?」
 
「おそらく、数刻後の未来かと・・・」
 
オレは椅子から立つと駆け出した。
 
「すまない! また改めて、礼にうかがう」
 
急いで砂の神殿を飛び出すオレの背中に、神官が声をかける。
 
「幸運を!!」
 
「ああ!!ありがとう!」
 
 
 
レジーナは砂を力強く蹴り、猛スピードで駆ける。
 
レイン!!!
 
お前に会える―――!!
 
逸る気持ちが抑えきれない。
 
タネタネの国への距離が、いつもより長く感じる。
 
 
 
・・・たとえ、その先に待っているのが、どんな運命だろうと構わない。
 
そこに、お前がいてくれるのなら。
 
 
 
 
 
 
レジーナの懸命の疾走のおかげで、そう長くかからずにタネタネの国が見えてきた。
 
「?」
 
だが、タネタネの国は、いつもと少し様子が違っていた。
 
皆、何かを集めたり運んだりと、忙しく動き回っている。
 
この時期には何も行事は無かったはずだが・・・?
 
 
 
「あ!プリンス・シェイド!」
 
こちらよりも早く、タネタネの国のプリンセス達がオレ達に気付き声をかけてきた。
 
「レインなら、もう来てるわよ〜」
 
「新婚さんのはずなのに1人で来るから変だと思ったら、別々に来ただけだったのね〜」
 
「レインは、今どこに!!?」
 
勢いこんで聞くオレに、少し戸惑いながら、プリンセス達は指差した。
 
「お父様たちと一緒にマザーツリーの下にいるわ〜」
 
「ドリームシードがたっくさん欲しいって言うから、みんなで用意していたの〜」
 
「ドリームシードを?」
 
何だか嫌な予感がする。
 
レジーナを国の入り口に残し、オレとプーモはマザーツリーに向かって走った。
 
 
 
大きく広がるマザーツリーの下に、人々が集まっている。 
 
その中心に、レインがいた。
 
彼女があまり好まない真っ黒のドレス。
 
目は虚ろにさまよっている。
 
「レイン!!!」
 
声を張り上げて、その名を呼ぶ。
 
だが、その視線は遠く向けられたまま動かない。
 
 
その代わりに、レインの横にいた影がこちらを向いた。
 
そして、苦笑して言った。
 
「よく、ここにいるのが分かったな」
 
レインと同じように真っ黒の衣装。
 
褐色の肌と黒髪の、見た事の無い男だった。
 
だが、その金色に光る赤い眼には覚えがある。
 
 
 
 
 
「あの時の魔物が、よく化けたもんだな」
 
オレは目の前の男を睨みつける。
 
レインの心を操り、オレの元から奪い去った魔物。
 
あんな風に化ける程度、たやすいだろう。
 
あいつはレインを絶望の底に落とすために、オレの姿で死んでみせた。
 
 
 
「ご明察、だな。
 
だが、少しばかり来るのが遅かったようだ」
 
魔物は、そばに積まれていたドリームシードを手にする。
 
「この国には、なかなか面白い植物があるものだ。心を反映して育つ。心の清いものからは清らかな花が。
 
それでは、魔物の私の心を反映したら、どうなるかな・・・?」
 
ドリームシードがググッと膨らみ始める。
 
そして、弾けるように棘を持った蔓が飛び出してきた。
 
「!!」
 
蔓は生き物のように周りの人々に襲いかかる。
 
その場のドリームシードが次々と同じように蔓を吐き出す。
 
人々の悲鳴が大きくなる。
 
蔓にある棘は思いのほか鋭く、オレの服や皮膚を数ヶ所裂いた。
 
 
 
ムチでは絡めとられるだけだ。
 
オレは腰からナイフを抜くと、蔓の群れを薙ぎ払いながらレインの元へと走った。
 
「レイーンッ!!!」
 
オレたちの間に魔物が割って入る。
 
「そこを、どけーーー!!!」
 
ヤツめがけてナイフを投げる。
 
肩を刺し貫かれて、魔物がひるんだ。
 
その隙に、蔓を足場にレインの元へ跳ぶ。
 
レインの目の前に着地する。
 
見上げると、すぐそこに、愛おしい彼女の顔――。
 
 
 
魔物がこちらを振り向くよりも速く、オレはレインをさらって走る。
 
もう逃すまいと、抱きしめる手がつい強くなる。
 
ようやく、オレの腕の中に戻ってきてくれた。
 
「レイン、レイン――」
 
やはり呼びかけには反応しない。
 
まだ、その目も虚ろなままだが、ゆっくりと治していけばいい。
 
レインが、オレのそばにいてくれるのならば、何も問題じゃない。
 
 
 
「プリンセス・レイン、こちらに戻りなさい」
 
途端に、レインの体がビクッと反応した。
 
振り返ると、魔物が手招きしている。
 
「貴方の居場所は闇の世界だ。
 
さあ、その男の手を振り払って、おいで」
 
魔物の声に、レインは硬直したように動かない。
 
見開かれた目は、何物をも映していないようだ。
 
やがて、ぶるぶると震える手をオレにのばす。
 
「レイン・・・?」
 
「あ、ああ・・・」
 
レインの中で、何かが戦っている――、そう感じた。
 
「レイン」
 
オレのところに、帰っておいで。
 
「・・・・・・・」
 
レインの口が微かに動きかけた時、
 
「プリンセス・レイン、こちらへ。」
 
その空間全てを支配するかのような魔物の声が響いた。
 
その瞬間、レインはオレの手を振り払った。
 
弾みで彼女の爪がオレの目尻の際を引っかいた。
 
「痛っ・・・・!」
 
咄嗟に目を伏せた瞬間に、レインはドレスをひるがえして魔物の元へ駆け出す。
 
「・・・レイン!!」
 
背中に呼びかける。
 
「レイン、必ず、お前をそこから救い出す」
 
ふいにレインの足が止まり、一瞬だけオレを振り向いた。
 
「何があっても助けに行くから、お前もそこで戦い続けろ。
 
オレとお前は、決して負けない。
 
そうだろ?レイン―――」
 
レインは、何も返さず、そのまま魔物の元へ行き、そして2人は闇の中に消えた。
 
 
 
オレを振り向いたレインの目。
 
その中に、ほんのわずかだが感情の色が見えた。
 
レイン、オレのプリンセス。
 
――何よりも大切だから、
 
どんな事をしても もう1度、お前を この手に抱きしめる。







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