2人のシェイドU:閉ざされた庭園[
ピンクのチューリップを植えた生徒の事を気にしながら、オレは同窓会の会場へ戻る道を歩いていた。
ふと、あの閉ざされた庭園の事を思い出す。
・・・そういえば、もうソライロカズラの咲く季節だ。
あの庭園に咲いていた青い花。
たしか、あれは心臓病の特効薬になる。
以前あそこに行った時は結局取らなかったけれど、母さんのために、少し貰っていくか。
庭園の中に続く井戸のハシゴを伝い降りる。
ふいに昔ここに来たときの情景がよぎる。
・・・レインとここに来た時の情景が。
ちょうど季節も同じ頃だ。
揺れる青い髪。
オレに向かって笑いかける目。
そういえば、あいつ、この井戸に落ちて足をひねったんだっけ。
思い出して苦笑する。
あの時は驚いたな。
なんせ、いきなり姿が見えなくなったんだから。
・・・でも、ひどい怪我にならなくて良かった。
やがて井戸の底につく。
10年前と変わらず、たくさんの落ち葉が降り積もっている。
――だが、庭園へと続く横穴の付近だけは、なぜかその落ち葉が少なくなっている。
風のせいか、それともまた地震でも起こったのだろうか?
訝しがりながら横穴をくぐると、庭園へと続く階段を上がる。
見えてきた庭園は、かつてここを訪れた時とほとんど変わっていなかった。
ただ、ソライロカズラの花が以前よりも成長し、その青い花が零れんばかりだ。
風が吹くと、青い雪のように花が降る。
その花びらを手のひらに受け止める。
――レイン。
彼女の髪の色も、こんな透き通るような青だった。
「そういえば、約束果たせないままだったな」
ぽそりと呟くと、後ろから声がした。
「そうよ。ずっと待ってたんだから」
聞きなれた、懐かしい声。
まさかという思いで振り返ると、そこにレインがいた。
薄い水色のドレスのスカートが、涼やかな風に舞っている
「待ちくたびれちゃったわ、私」
レインはイタズラっぽく笑う。
「レイン・・・」
そこまで口にして、ハッと自分が変装したままなのに気づく。
「な、何のことですか?プリンセス・レイン?私は・・・」
急いで誤魔化そうとすると、クスクス笑いながらレインが近づいてくる。
「今更ごまかしたって駄目〜。
それに、私にはわかっちゃうのよ?」
レインが小さくウィンクする。
「昔だって、貴方がシェイドのふりしてるの分かったでしょ?」
そこまで言われて、さすがにオレは両手を挙げて降参して見せた。
「・・・参ったな。
やっぱりレインにはかなわない」
ここでは、もうフードも被っていなくていいだろう。
フードを取ると、涼やかな風が頬を撫ぜた。
泉の脇にある石造りのベンチに2人で並んで腰を下ろす。
レインはジッとオレの顔を見つめる。
その目は好奇心に満ち満ちている。
「・・・何か付いてたか?」
「ぇ、ぇえっ!?」
「さっきから、オレの顔ばっか見てるから」
「あ、私、顔、見てた?」
・・・気付いてなかったのか。
「メチャクチャ見てた」
レインの顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや、別に謝るほどじゃぁ・・・」
「その・・・、10年会ってなかったから・・・、何だか、その、知らない人みたいな感じがして・・・」
レインは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。
オレは思わず苦笑する。
「・・・オレだって、久しぶりに会って驚いたよ」
少しの間、2人が無言になる。
でも、なんだかこの無言の時間すら心地よく感じる。
風が梢を撫ぜるサワサワとした音がする。
泉の水が太陽の光を照り返す。
・・・最近、忙しくってバタバタしてて、こんなにゆったりとできるのも久しぶりだ。
オレは目を閉じると、頬に当たる風に笑んだ。
すると、レインがオレの横でホッとしたように息をついた。
目を開けて、横を見るとレインの目は、またオレの顔を見つめていた。
「でも、やっぱり変わってないところもイッパイあるのね」
「ん?」
「大人になって、落ち着いて、なんだか違う人みたいだったけど、でも、一緒だわ」
オレは何だか照れくさくなる。
これ以外の話題に変えよう。
と言っても何を話せばいいのか・・・。
そうだ、さっきのあれ・・・。
「レイン」
「なぁに?」
「温室の薬草の世話してくれてありがとな」
断定的な言い方をした。
さっきまでは「レインかもしれない」という程度だったが、今は確信を持っていた。
「温室の隅に植えてあったピンクのチューリップ。
レイン、昔、あの花が好きだって言ってただろ?」
「あ、ごめんね?
勝手に・・・」
「なんで謝るんだよ。
言っただろ?ありがとうって」
オレはレインの頭をポンポンと優しく叩いた。
「謝るのは、オレの方だ。
何も言わないで居なくなって、ごめん」
それから、オレ達は色々な話をした。
オレが学園を離れた理由。
お互いが会わなかった10年間、どんな事があったか。
このわずかの時間で、10年という月日の溝が、どんどん埋まっていくような気がした。
ふいにレインが言った。
「ねぇ、もう貴方の名前を呼んでもいい?」
見ると、レインの目は思いのほか真剣だった。
オレは『いい』とも『悪い』とも言えなくなって、ただレインの目を見つめた。
レインは真っ直ぐな目をしたまま、言葉を続ける。
「今はシェイドのふりしてるんじゃないものね?
もう貴方の名前呼んだって良いわよね?
ね?エクリプス・・・」
初めて、レインの声で呼ばれた自分の名前。
思わず、心臓が高鳴る。
降る花びらと同じ色の髪のレイン。
10年ぶりに出会う彼女は、少女の時の愛らしさを残しながら、女性らしい艶めいた美しさを持っていた。
目が、彼女の姿から離せない。
風の涼しさが、自分の頬の熱さを気づかせる。
――これは、まるで甘い罠のようだ。
----------------------------------------------