2人のシェイド 続編:閉ざされた庭園X
病院に着いたオレ達は、看護師さんの「廊下を走らないで下さい!」の声を今日だけは無視して一目散に走った。
廊下の行き止まりに病室はある。
体中が何だかザワザワして落ち着かない。
ザァッと音をさせて、引き戸を勢いよく開ける。
・・・オレは病室に入った時、『こんな掠り傷で帰ってこなくても良かったのに』なんて言って笑ってくれたらいいのに、と思っていた。
だが、母さんは、そんな事を言ってはくれなかった。
その代わり、こう言ったのだ。
「ちょっとリンゴの皮むいて」
そう、母さんは確かに重傷を負ってはいたが、命には別状無かったのだ。
頭や体は包帯に包まれて痛々しげだったが、ニッコリと笑って見せてくれた。
オレは相変わらずな笑顔を浮かべる母さんの姿に、体中の力が抜けるのを感じた。
――生きていてくれた。
物音に振り返ると、シェイドが後ろの壁に背中を預けて、ズルズルとへたり込んでいた。
ちょっと間の抜けた感じになったシェイドの顔を見て、ようやくホッと息をついた。
「「・・・全く、母さんは。
どんだけ心配したと思ってんだよ」」
シェイドと声が重なった。
オレとシェイドと母さんと、その場にいた父さんは、みな顔を見合わせて笑った。
良かった。
みんなが笑ってる顔が見られて本当に良かった。
病室の鏡にオレ達の姿が映りこんでいる。
それは本当の家族のように見えた。
――だが、いつまでも笑ってばかりはいられなかった。
命に別状は無かったとはいえ、シェイドが血相を変えて学園に飛んで来るほどのケガだったのだ。
意識があるだけでも奇跡だった。
全身にケガを負った母さんは、ベッドから起き上がる事も出来なくなっていた。
これから手術やリハビリによって、何とか回復していくという事だったが、元々心臓のあまり丈夫でない母さんが、どの程度それに耐えられるかも分からなかった。
夕日が、病院の休憩室をオレンジに染める。
オレとシェイドは、その片隅にあるベンチに並んで座った。
「シェイド、オレ、このまま、ふしぎ星にいるよ。
学園には帰らない」
シェイドは、かすかにこちらに目をむけただけで黙って聞いている。
「母さんの側にいてやりたいし、色々やらなきゃいけないこともあるから。
・・・しばらく身代わりできなくなる、ごめん」
「・・・・・・・・・ああ、わかった」
「・・・学園、どうする?
まだ全然卒業資格貰うには足りないだろ?
またイチから通い直し、とかになるのかな?」
「・・・まあ、何とかするさ」
「・・・何とか、なるのか?」
そう聞くとシェイドは、唇を指でなぞるような仕草をして少し考え込んだ。
「もしかしたら、オレが学園に通えるかもしれない」
「え?」
「前の大臣の一件とか、母上の体調とか色々あったが、最近どうにか国も落ち着いてきたからな。
新しい大臣も、結構優秀だし、引継ぎとかさえ上手くいけば、たぶん・・・」
「そっか・・・」
自分から言い出した事だし、もちろん迷いはないのだが、自分がいなくても大丈夫なのだと思うと、何だか、少し寂しい気がした。
窓の外の夕日は、地平線の影に隠れ、空は濃い青へと変化していく。
これでもう、あの学園に行く事はないだろう。
急いでいたので、学園から着たままだった制服に目を落とす。
そう、もうこの制服も着ることはない。
そっと目を閉じる。
学園の風景、生徒たちの笑い声、色々なものが浮かんでくる。
笑ったり怒ったり泣いたり、あの学園の人間は面白いくらいに感情表現が素直で、あけっぴろげだった。
・・・オレもいつの間にか馴染んでしまったな。
思い出して苦笑する瞼の裏に、レインの顔が浮かんだ。
ハッとして目を開ける。
「どうした?エクリプス」
心配するシェイドに、何て言葉を返したらいいのか思いつかない。
――レインの顔が浮かんだ瞬間、心臓が締め付けられるような気がした。
オレは何かを握りつぶすように、右手に力を込めて、シェイドに気付かれないように小さく息を整えた。
そして、努めて笑ってみせる。
「・・・大丈夫。
何でもないよ」
そう、大丈夫さ。
きっと、忘れられる。
この胸の痛みも、そして、レイン、君への恋心も。
それからの間、オレは医学の勉強を続けながら母さんの治療の補助や介護をしていた。
学園で勉強していた医学は、「シェイドの身代わり」ではなく自分の希望だったので。
今までのオレを支えてくれた一般の人々。
その人たちを『医術』で、今度はオレが支えたいと思ったのだ。
そうして10年の月日が過ぎようという頃、オレは病院で働きだした。
忙しく働くうちに、学園の事は、たまにしか思い出さなくなっていた。
たぶん、そのまま時が流れていれば、あの日思ったように学園の全てを、忘れる事も出来ていただろう。
――あの日、月の国の城に呼ばれなければ。