2人のシェイド続編:閉ざされた庭園W
「よいしょ、っと」
腕の中のプランターを抱えなおす。
授業を終えると、オレはいつもバラ園の隅にある温室へと向かう。
昨日蕾だった花は、今日こそは咲いただろうか。
あの薬草を陰干しにして、乾いたら煎じ薬にしよう。
そんな事を思うと、そう急ぐ必要もないのに自然と足は早くなる。
少し冷たくなった風が、頬をかすめる。
落ち葉が1つ、石畳のわずか上をしばらく低空飛行して空へと舞い上がる。
その落ち葉の向かった先を見ると、遠くにあの庭園の壁があった。
思わず、足を止めた。
レインと2人であの庭園に行ってから、あそこに行ってはいなかった。
理由は、まぁ色々と・・・。
たとえば、薬草の世話だとか宿題だとか・・・、まぁ色々。
フゥ、と溜め息をもらす。
そんなの全部、言い訳だ。
本当は、まだ正解が分からないから。
あの庭園でレインと会った時、どうしたらいいのか。
オレは『やぁレイン、この間は楽しかったよ』なんて笑顔で話しかけたり出来るような男じゃないんだ。
頭の中に、ポン、とブライトの顔が浮かぶ。
レインの憧れのプリンス。
あいつなら、きっとこんなセリフも様になるんだろう。
やっかみとかじゃなく、素直に、そう思った。
あいつは、きっと格好つけてるとか、計算とかじゃなく素直に思ったことを口にしてるだけなんだ。
だから、オレだってこんなに素直にブライトのことを認めてしまうんだ。
いや、ブライトだけじゃない。
レインだってシェイドだってみんなそうだ。
自分をごまかさない。
本当に大切にしなきゃいけないものを知ってる。
だから、いつだってブレない。
信じているものに対して、しっかりとピントがあってる。
人々をハッピーにすること、絵を描くこと、サッカーをすること、漫才で笑わせること、校則違反を取り締まること…、
みんなそれぞれ表現は違っても、自分を裏切らずに歩いてる。
…オレはどうなんだろう。
裏切らずに、ごまかさずに、嘘つかずに生きれてるだろうか。
プランターを持った指先が力を込めすぎたせいで真っ白になっている。
…裏切らずに、いれたなら、今ここで唇噛んでいるわけがない。
真っ直ぐでどこまでも真っ直ぐで、オレが欲しくてしかたない、そんな感情。
くやしい。
どうして出来ないんだ。
いつの間にか、目をそらして、知らないふりするのばかり上手くなってしまってる。
それが例え自分の恋心だとしても。
『私、やっぱり貴方の本当の名前を呼びたいわ』
レインの言葉が頭の中で響く。
オレだって、本当は彼女に名前を呼んで欲しかったのだ。
だけど、自信がなかった。
レインがオレの名前を呼んで笑ってくれる。
たぶん、他のやつにしたら当たり前のことなんだろうけど、オレにとっては幸せすぎて。
何だか、それに溺れて、忘れてしまうのじゃないかと思うと怖かった。
オレが、彼女にはふさわしくないんだって事を。
「エクリプス」
そう、そんな風に呼ばれることがあるんだろうか。
――あれ、オレ今声に出して言ったか?
オレが心の中だけで呟いたはずの言葉が、何故か耳をとおして聞こえてきたような気がした。
・・・誰かに呼ばれたのか?
いや、だけど確かに聞こえた声はオレ自身のものだった。
う〜ん、重症だ。
意識しないで口に出してしまうなんて…。
「おい、エクリプス!」
そう、さっきもこんな風に聞こえ…、あれ?
やっぱり何かおかしい。
「おい、聞こえてないのか!?」
今度こそはっきりと背後から声が響いてきた。
オレと同じ声の別人…。
まさか…。
振り向くと、そこには想像していた通りの人物が立っていた。
「………シェイド。」
オレの双子の兄のシェイド。
『身代わり』という名目で、オレをこの学園に来させた張本人だ。
「どっ、どうしたんだ!?
いきなり・・・」
思いきりアタフタしてしまっている自分が悲しい。
だが、ビックリするのも仕方が無い。
さっきも言ったように、オレがこの学園に来ているのはシェイドの『身代わり』なんだ。
こんな風に事前に何の連絡もなく来るなんてありえない。
大体・・・
「大体、こんな外で2人でいるとこ誰かに見られたらヤバいだろ!?」
小声でも、なるべく威厳のあるように、意識して声を低くする。
「え?あ、あぁ、そうか・・・。」
シェイドは、髪をクシャッと掴んだ。
焦ったり、慌てたりした時の、癖だ。
オレに言われるまで、それに気付かなかったらしい。
落ち着いて見ると、服も、近くにあったものを引っ掴んできた感じだ。
冷静なシェイドにしては、珍しい。
・・・なんだか、イヤな予感がした。
それから数十分後、オレは学園からふしぎ星へと向かう列車に乗っていた。
シェイドが学園まで乗ってきた臨時列車が帰るところに、そのまま2人で乗り込んだのだ。
ボックスになった席の真正面にシェイドが座った。
・・・寒くも無いのに手が震える。
列車のベンチのクッションまで、いつもより固い気がして、ひどく落ち着かない。
信じられなかった。
シェイドが、オレに告げた言葉が嘘であればいいと思った。
『母さんが、事故にあって重態なんだ』
頭が真っ白になるって言うのは、こういう状態を言うんだな、と改めて思い知る。
オレは、その瞬間「え」とか「は」とかすら口に出来ないまま、ただシェイドの顔を見つめていた。
ナニヲイッテルンダ、コイツハ。
シェイドが頬を軽く打つ。
「・・・しっかりしろ。
すぐに、ふしぎ星に帰るぞ」
ハッとして、シェイドの顔を見る。
やはり言葉は出なくて、ただ頷いた。
それが、オレに出来る精一杯だった。
『母さん』と言っても、産みの親のムーン・マリア様じゃぁない。
シェイドが『母さん』と呼ぶのは、オレの養母の事だ。
母さんは『恐れ多いから』と言って、呼ばれる度に困った顔をしたが、シェイドは何時だって『母さん』と呼んだ。
もしかしたら、オレの真似だったのかもしれない。
シェイドは、オレの家に来るのが好きだった。
砂漠の風のせいで、いくら掃除しても砂っぽい家を、シェイドは好きだと言った。
母さんが出す手作りのケーキやお茶を、彼にしては珍しい子供っぽい笑顔で口にしていた。
そっと窓越しにシェイドの顔をのぞき見る。
窓には、眉を下げて、下唇を噛んだ、同じ顔が2つ並んでいた。
少し目を下げると、俺と同じようにシェイドの手も震えていた。
その上に手を重ねる。
シェイドの体温と一緒に、ブルブルと手が戦慄いているのがハッキリと伝わってくる。
オレ達は、互いの血液がめぐるのを確かめ合うように、両手を重ね合わせた。
手のひらの下をシェイドの血液がトクントクンと脈打っている。
それが、何となくオレを安心させた。
窓の外に、小さくふしぎ星が見えてくる。
――母さん、大丈夫、だよな?
オレが行ったら『こんな掠り傷で、帰ってこなくっても良かったのに』なんて、いつもみたいに笑ってくれるよな?
そういえば、学園のみんなにふしぎ星に帰るって言って来なかった事に気付いた。
・・・まぁ、すぐに戻れるだろうし、その時に事情を説明したら大丈夫だろう。
そう楽観的に考えたオレは、まだ知らなかった。
この日を最後に、オレが学園を去る事になるなんて。