どこまでも続く壁はない。
そう言って壁伝いに歩き始めたオレたちだったが、今だに向こう側に続く扉を見つけられずにいた。
壁は真四角を描き、その内側に囲まれた空間は周囲から切り離されたようになっていたのだ。
どこかに扉があるんじゃないか、そう思って蔦に覆われた壁を探してみたが、ムダだった。
…まさか、この向こうにある空間を隔絶するためだけに、扉もなく積み上げられた壁なんじゃないだろうな。
そんな考えが、次第に頭をもたげてきた。
……やはり、越えられない壁はあるんだ。
「もう止めよう」と言おうとして、オレは口を開いた。
と、その瞬間、オレの視界からレインが消えた。
!?
「レイン!おい、どこに行った?」
慌てて辺りを見回す。
まさか、また変なやつが現れたんじゃないだろうな。
オレを、瞬間、不安が襲う。
「こ〜こ〜よ〜っ!」
かすかな声が聞こえた。
…ここ、って言われても。
注意深く、声のする方に耳をすます。
聞こえる声はくぐもって、かなり小さかったが、その聞こえてくる方向は、どうも自分の近くのようだ。
「レイン、どこにいるんだ?」
「下よ〜」
下?
「下に落ちちゃったの〜!!」
驚いて下を見回すと、草に覆い隠された穴のようなものに気付いた。
駆け寄り、草を掻き分ける。
そこには、古びた井戸が地面に埋もれて、あった。
「…レイン?」
井戸を覗き込むと、底の方で、レインが必死な顔で手を振っていた。
「レイン!怪我はしてないか!?」
「うん、底に落ち葉が積もっててクッションになってくれたから…」
そう言いながら、無事な姿を見せようとレインが立ち上がろうとした時…。
「…痛っ!」
レインが小さく叫んだ。
「レイン、どうした!?」
「う、ううん、何でもないの」
レインは大きく首を振って否定する。
…バカだな、何でもないことないだろう
どうも足をひねったようだ。
「…全く、ドジなくせに気が強いんだからな・・・」
苦笑して、レインに聞こえないくらいの声で、小さく呟く。
「すぐに、そっちに降りていく!
じっとして待ってろ!」
オレは井戸の底に向かって大きく声をかけて、辺りを見回した。
その井戸は、今は水もなく、ただ蔦や草に覆われ、底には落ち葉が積もっていた。
滑車や、ロープも見当たらない。
井戸の内部を這っている、この蔦はつかまって降りられるだろうか?
オレは、手近にあった蔦を軽く引っ張った。
すると蔦に隠されて、そこに金属の取っ手があった。
――何で、こんなものが?
一瞬、首をひねったが、今はありがたい。
オレはハシゴのように連なった、その取っ手をたどっていった。
半ばまで来たところで梯子の手すりから手を離す。
もう飛び降りてもいい高さだったし、
なにより、早くレインの元に行きたい気持ちが強かったから。
ドサァッと落ち葉が音を立てて、オレを受け止める。
レインが、いきなり飛び降りてきたオレにビックリした顔をしている。
「……」
オレは無言のまま、レインを見上げる。
「…シェイド?」
レインが、黙って見つめるオレに不思議そうな顔をする。
「…大丈夫?」
オレまでケガをしたと思ったのか、レインが、そっと手を差し出す。
その手が、触れるか触れないかという時、オレはレインの手を強く引いた。
倒れこんでくるレインの動きに落ち葉が舞い踊る。
「きゃっ!」
小さな叫び声をあげて、レインがオレの腕の中に収まる。
ふいに近づいた距離に心臓が跳ね上がる。
自分の行動に、自分でも驚いた。
レインの心配げな表情を見ていたら、愛しさが募ってきて、思わず体が動いてた…。
――バカだ、こんなことしても、レインを困らせるだけだって分かっているのに…。
握ったままだった手を解いて、レインを、そっと開放する。
オレたちの間に、わずかな空間ができる。
かすかに伏せたレインの顔が赤い。
「…足、まだ痛むか?」
自分の頬が、次第に熱くなっていくのを誤魔化すようにオレが訊ねる。
レインが、小さく首を振る。
そっと痛めた足首に触れてみる。
確かに、そんなに酷くはないようだ。
それでも、そのままにはしておけない。
オレはポケットからハンカチを取り出すと強めに巻きつけた。
「あとで、ちゃんと冷やさなきゃな」
声が、わずかに上擦る。
聞こえるのは、遠くに鳴く鳥の声と、足元でかすかに音をたてる落ち葉だけ。
この静けさの中で、レインに、オレの想いがばれてしまいそうで、息をするのにも緊張する。
そっと、レインの顔をうかがおうと視線をあげようとした時、
――いきなり、地面が揺れた。
「きゃ〜!!じ、地震!!?」
レインが叫ぶ。
激しい揺れ。
と、その時、足元の落ち葉が急に動き出した。
坂の上をすべるように、どんどんと斜めに流れ出したのだ。
見ると、井戸の底に大きな横穴が開いている。
落ち葉は地面の揺れのせいで、その空間に流れこんでいく。
…梯子だけじゃなく横穴まであるのか。
一体、何なんだここは!?
そんなオレの疑問も押し流すように、落ち葉は流れていく。
オレたちは、落ち葉と共に横穴の奥へと運ばれていった――。
ようやく揺れがおさまった時、オレたちの前には、上へと続く1つの階段があった。
その先からは柔らかな日の光が降りてきて、オレたちを照らしていた。
自分達が流されてきた方向を見る。
さっき井戸の中で見た横穴は、半分くらいの高さまで落ち葉に埋もれていた。
…なるほど。
あの井戸は、この横穴へと続く入り口だったのか。
だが、たとえ落ち葉がなくっても、この入り口はそうとうにややこしいぞ。
「……」
オレは無言で先へと続く階段を見る。
その先から射す光は、素晴らしいものが待ち受けているのを暗示させるようでいて、
また恐ろしいものがいるのを隠しているような不安も感じさせられた。
その時、レインが言った。
「ねぇ、行ってみましょう?」
それは、入り口を探そうと言った時と同じ口調。
「…ああ、そうだな」
オレは微笑むとレインを抱き上げた。
「へ、はひゃぁっ!」
レインは叫び声をあげて、空中に浮いた足をジタバタさせた。
「動くなよ。捻挫した足で、こん階段上るわけにはいかないだろう?」
「で、でもでも、なんで、お姫様抱っこなのよ〜!」
「捻挫の時は、なるべく高めに足をやった方がいいんだよ」
言いながら、オレはしっかりとレインを抱きかかえる。
そうだ、ここで悪化させるわけにはいかないもんな。
言い訳を胸の内で呟いて、そんな自分に苦笑する。
レインを抱えたまま、1歩1歩、階段を上がる。
この先に何があるのかは、まだ分からないけど、今だけは、このままでいたい。
そう思いながら振り仰いだ空から、淡い青の花が降ってきた。
・・・続きます。