昨夜の雨のせいで出来た水溜りに、自分の顔がうつる。
それに何故かイラだって、オレは思いきり水溜りを踏みつけた。
水しぶきが上がり、波紋が水にうつった自分の顔をかき消した。
・・・・・・くそっ。
「こんな事をしても、何の意味もないのにな・・・。」
自分の顔が、嫌いなわけじゃない。
ただ、見ていると同じ顔をした双子の兄の事を思い出す。
それが今は辛い。
分かっている。
この苛立ちがとても理不尽だという事は。
――これは、ただの『嫉妬』だ。
『2人のシェイド続編:閉ざされた庭園』
学園脇の森の中、オレは1人溜め息をついた。
目の前には石造りの古びた壁。
「ここで行き止まり、か・・・」
それは、休日の昼下がり。
いつものように薬草の世話に行こうとした時、森の中で草に隠された古い道を見つけたのだ。
何となく興味をひかれて、その道をたどってみたんだが、どうやら徒労だったらしい。
まぁ、いいか。
今日は薬草の世話以外には何の予定もなかったんだし、無駄にしたといっても、ほんの十数分のことだ。
そう思って踵を返そうとした時、
「シェイド」
背後から声をかけられた。
「…レイン」
振り向いた先にいる少女の姿を見て、オレは戸惑いを隠せずに眼を見開いた。
「どうして・・・、ここにいるんだ?」
そう聞くと、レインはイタズラっぽく笑って言った。
「・・・つけてきちゃったv」
は?
つけてきた?
レインが?
オレを?
「…何で、またそんな事を?」
「シェイドが森の奥に行くのを見かけて、何だか気になっちゃって…」
えへへ、と照れたように笑うレインを見て、オレは何だかくすぐったくなる。
「別に・・・、つけてきたところで、何にもないぞ?」
自分の中の、そのくすぐったい思いを隠すように目をそらせて、強がりの言葉を口にする。
そんなオレに、レインはクスッと笑う。
そうしてから、じっとオレの目を見つめてきた。
・・・なんだ?
「ねぇ、2人だけの時は本当の名前を呼んでもいい?」
真っ直ぐな目で、そう言われた。
正直、戸惑った。
オレの本当の名前はエクリプス。
だが、この学園では、その名前を使う事は無い。
オレは、兄のシェイドとして、ここにいるからだ。
その事に気付いていたのは、この学園では1人だけ。
目の前にいるレイン。
元はといえばオレがシェイドに成りすましている原因も、彼女。
彼女に惚れてるシェイドが、オレをレインのお目付け役にしたのだ。
本当なら、自分で側にいたかっただろうが、自国の事情でどうしようもなかったから。
クソ・・・、先のことなんか何も考えないで。
オレもオレだな。
こんな事になるなんて、想像もしなかった。
――オレまで、レインに心惹かれてる。
だが、その気持ちを彼女に気付かれるわけにはいかなかった。
兄のシェイドの想い人であるレイン。
そして、レインもきっと、シェイドのことを・・・。
――そうでなければ、オレがシェイドでないと気付くはずがない。
オレは小さく下唇を噛んだ。
「悪い、それは、ちょっと・・・」
歯切れの悪い口調で、本名を呼ぶ事を断る。
傷つくかな、と思って、レインの顔をのぞき見る。
レインは目線を落とし、少し悲しそうに笑った。
「・・・そうよね、誰が聞いてるか分からないものね。
ごめんね。」
「いやっ、オレの方が・・・!!」
あわてて、謝るレインを制止する。
レインが謝ることなんて、本当になかった。
これは、オレの勝手な理由。
――今、彼女にオレの本当の名を呼ばれたら、オレは自分の気持ちを止められない。
何もかもを無視して、レインをさらって行ってしまう。
オレ達は、2人して黙り込んだ。
・・・気まずい沈黙。
その時、目の前に淡い青が降ってきた。
それは、本当に小さくて、一見、何かの欠片のようだった。
何だろう?
気になって、咄嗟に手のひらで受け止めた。
「それ、なぁに?」
オレが手のひらの物を見つめていると、レインが、ひょいっと覗き込んできた。
ちょっと・・・、距離が近いんだけど・・・。
くそっ、ドキドキする。
何だか、レインの髪から甘い香りがする。
「・・・花びら、かしら?」
レインが言う。
・・・。
あぁ、そうだ。この青い欠片の正体を探ろうとしてたんだ。
レインとの距離のせいで、キレイさっぱり忘れてた。
・・・ヤバい、いつの間にこんな腑抜けになったんだ。
隠れて苦笑しながら、改めて手のひらを見つめる。
レインの言うとおり、それは小さな花の花びらようだった。
淡い青は、まるで透けるように繊細な色。
どこから降ってきたのだろう?
顔を上げて、周りを見渡してみる。
すると、見上げたところに張り出した木の枝に、淡い青の花をつけた蔓が巻きついていた。
「ソライロカズラだ・・・」
「え?知ってる花なの?」
「あぁ、薬草の本で見たことがある。
心臓病の特効薬で、今では幻とも言われるほど、希少性の高いものだ」
オレは改めて、目の前の壁を見上げる。
思いのほか高い壁が行く手を阻んでいる。
どうにかして、この壁を超えて、その先のソライロカズラを手に入れたい・・・。
「向こうへの入り口を探しましょう!」
レインは、そう言うとオレの袖をひいて歩き出した。
ずんずんと進んでいくレインにオレは戸惑って、声を上げる。
「レ、レイン!?」
「どこまでも続く壁なんて無いもの。
絶対にどこかに入り口があるはずよ?」
振り向いたレインがニコッと笑って、ウィンクする。
オレは思わず嬉しくなる。
いつしか後悔していた、彼女への恋心は、間違いじゃなかったと思う。
彼女は壁の前で、立ち止まるオレを、その笑顔で引っ張ってくれる。
――シェイド、君もきっと、彼女のこんなところを好きになったんだろう?
・・・続きます。
※ちなみに、ソライロカズラは管理人の創作です。
※先に『2人のシェイド』をお読み下さい。