2人のシェイド
場所はロイヤルワンダー学園の寮。
借りていた本を返しに、シェイドの部屋を訪ねたブライトはドアを開けたところで絶句した。
――見慣れた部屋の中には、シェイドが2人いたのだ。
制服姿のシェイドと、月の国の王子の衣装のシェイド。
どちらも、よく知ってる姿ではある。
だが、こんな風に2人でいる姿なんて知っているはずも無かった。
「え、えっと・・・」
やばい、思考回路だけじゃなく舌まで停止しかけてる。
ブライトは自分の身体機能の正直さに悔しくなった。
よし。
とりあえず、この場は幻を見たということで、部屋を出てしまおう。
今の自分にできる最も簡単な手段を選ぼうとブライトは、そぉっとドアを閉じようとした。
「逃げるなって!!」
無情にもシェイド(王子様バージョン)がブライトの手を掴んだ。
・・・逃げさせてくれよ。
ブライトが素直なセリフを胸のうちで呟いたが、その願いは聞き入れられないようだった。
シェイド(王子)は無言でブライトを部屋に引き戻し、その間に静かにシェイド(制服バージョン)がドアを閉める。
その時に、シェイド(制服)が呟いた言葉を、ブライトの耳がとらえた。
「・・・だから、シェイドはこの星には来るなって言ったのに」
シェイド「は」?
ということは、こっちの制服を着ているのはシェイドじゃないのだろうか。
しかも、この星には来るなって言ったのに、っていう事は王子様の衣装のシェイドは今までロイヤルワンダー学園にはいなかったって事で、つまり、えーと・・・?
混乱するブライトにシェイド(王子)は頭をかく仕草をして、そばにあった椅子に腰掛けた。
シェイド(制服)はブライトに椅子をすすめて、自分はシェイド(王子)の傍らに立った。
端整な顔立ちのシェイドが2人そろって、こちらを見ている様は壮観ですらある。
ブライトは何となく気おされて無言のまま、2人を見つめた。
シェイド(王子)が口ごもりながら話し始める。
「どこから、話したらいいんだろうな・・・。
まぁ、はやい話、この学園にいたのは『シェイド』じゃないんだ」
逡巡したわりには、かなり端折ったな。
ブライトは一瞬、妙に冷静にそんなことを思った。
そして、しばらくして
「はぁあ!?」
と気の抜けたような声を上げた。
「じゃ、じゃぁ、こっちの制服着てるシェイドは誰なんだよ!?」
もう1人のシェイド(いや、本当は違うらしいが)を指差してブライトは反論した。
まさか、コピーロボットとか?
いやいや、それとも・・・。
「こいつはオレの双子の弟なんだ」
・・・・・・。
「はぁあっ!!?」
『ふしぎ星のふたご王子』
そんな、アホみたいなタイトルがブライトの頭の中に浮かんだ。
ちょ、ちょっと待て待て。
何を今更そんな、ご都合主義な。
そんなの最初っから言っとけよ。
さまざまなツッコミがブライトの頭を飛び交うが、どれも実際に口には出せなかった。
あぁ、今の僕にレモンみたいな、お笑いの才能があったら・・・。
そんなブライトの嘆きは、落ち着いたシェイドの声で止められた。
「混乱するのも無理はない。
ずっと、隠してきたからな・・・。
正真正銘、オレの弟で、名前はエクリプスという」
今度は、ブライトは声を上げなかった。
あげる気力も無かった、とも言える。
「・・え、と、じゃぁ、ふしぎ星で帽子かぶってコート着てムチふるって怪しげな行動してたのは、こっちの制服着てる方ってことか?」
「いや、それはオレだ」
いけしゃあしゃあ、と言った感じでシェイドが答える。
頼むから、要点をまとめて話してくれよ・・・。
心の底からそう思って、ブライトはガックリと首をうなだれた。
その後、シェイドが話した事をかいつまむと大体こんな事だった。
○シェイドとエクリプスは元々双子だった。
○月の国では双子は不吉だというので、弟のエクリプスは王家の子供ではなく、他の家の子供として育てられた。
○シェイドとエクリプスは度々会っていて、仲がいい。
○ふしぎ星が危機に陥った時、シェイドはエクリプスの名を借りて調査に出ていた。
「・・・で?
なんで、そのエクリプスの方が学園に来る事になったんだい?」
ブライトが聞くと、シェイドが答えた。
「母上の体調が思わしくなく、大臣があんな事になって、そんな時期にオレが国を空ける訳にはいかなかったからな」
「じゃあ、時期をずらせば良かったじゃないか。
学園は、そんなに年齢制限にはうるさくないんだから、2,3年くらいはOKだろう?」
そう言うと、シェイドは、言葉につまった。
「そ、それは・・・」
くくっと、横にいたエクリプスが笑った。
「シェイドは、レインだけを行かせたくなかったんだよ」
「エ、エクリプス!!」
珍しく慌てた様子で、シェイドがエクリプスを押さえる。
エクリプスは、また苦笑を浮かべるとシェイドをなだめる。
「今更、照れたって仕方ないだろ、シェイド?」
どうやら、エクリプスの方が穏やかな性格の持ち主のようだ。
表情もシェイドと比べると幾分か柔らかい。
学園での彼は、結構ムリしてシェイドを演じていたのかもしれない。
・・・そういえば、時々らしくない事を言ったりやったりしていたな。
そう思い返して、ブライトは隠れて小さく笑った。
「・・・つまり、レインのお目付け役としてエクリプスがシェイドとして学園に来たってことか」
ブライトの言葉に、シェイドはやや不貞腐れたような顔を横に向けた。
そんなシェイドをエクリプスがからかうように言う。
「こう見えてヤキモチ焼きだからね、シェイドは」
「・・・おい、エクリプス!」
「違うとは言わせないよ、シェイド?
誰だっけ?
レインの事を見ててくれ、でも変に接近したりするな、とか言ったのは。
ストーカーか、良いとこ探偵の素行調査じゃないか。
結構、大変だったんだからな」
それを聞いて、ブライトはある事に思いついた。
「ああ!
もしかして、ファインとレインが転んでもファインの方を助けてたのは、レインに近寄るなって言われてたからかい!?」
その言葉にシェイドが反応する。
「エクリプス、お前、レインを助けなかったのか?」
ムッとしてエクリプスが抗議する。
「だって、シェイドがそう言ったんじゃないか!」
「レインがケガしたら、どうすんだ!?」
「いや、レインの事はブライトが助けてたから、大丈夫だよ」
シェイドの顔がピキッとなる。
(・・大丈夫じゃないだろ!)
心の中だけで呟くとシェイドはクルッとブライトに向き直ると探るように問いかける。
「ブライト、お前、ファイン一筋じゃなかったか?」
急に話をふられて一瞬驚いたブライトだったが、すぐにニッコリと微笑を浮かべた。
「僕は変わってないよ。
むしろ、シェイド、いや、エクリプスか・・・、が先にファインを助けるから。
その状態で、レインを放っておいたり出来ないだろ?」
シェイドは、黙り込む。
エクリプスが接近するのも、個人的にイヤだったが、ブライトの方が困る・・・。
何といってもレインは、ブライトに憧れているのだから。
シェイドは小さな咳払いをした。
――仕方ない、つまらない嫉妬は一旦置いておこう。
「エクリプス、今まで変な気を使わせてしまって、すまない。
これからは、レインが側にいたら避けたりせずに守ってやってくれないか?」
エクリプスは少し困ったような表情を浮かべた。
そしてシェイドの顔を見て、そっと息をつくと
「・・・努力するよ」と呟いた。
その後、月の国の事と学園について情報交換した後、シェイドは誰にも見つからないように、ふしぎ星へと帰っていった。
きちんとレインについての新たな規約を作り、エクリプスを苦笑させて。
シェイドの帰っていくのを見送ってから、エクリプスはまた溜め息をついた。
――シェイド、今回の君のお願いはチョット辛いな。
オレがレインに近づかないのは、何もシェイドに頼まれたからだけじゃないんだ。
レイン。
青い髪に緑の瞳。
優しく笑う子だな、最初はただそう思っていた。
思いもかけていなかった事に、彼女はオレがシェイドじゃない事を見抜いた。
そのくせ、誰にもその事をばらそうとしなかった。
今でも、レインが本当の事に気付いた時の表情が忘れられない。
「内緒、なの?」と囁いて、人差し指を唇にあてて、小首をかしげてた。
無邪気な、あの優しさが心に焼き付いてる。
レインはオレを「シェイド」や「シェイドのニセモノ」としては扱わない。
あくまでもオレに対して、話しかけ、微笑んでくれる。
それは心地よく、ひどく嬉しくて仕方がない。
オレは生まれた時から、シェイドの影として生きるように定められてきた。
もちろんシェイドの事も好きだし、待遇が悪かったわけでは無いから自分の境遇を恨んだりした事は無かった。
それでも、レインの微笑みはオレにとって何よりも心を安らげてくれた。
だからこそ、レインに近づいてはいけないんだ。
この胸にくすぶる彼女への想いに、火がついてしまわないように。
あの彼女の笑顔が曇るような事がないように。
エクリプスは何も無い空に小さく呟いた。
――シェイド、君との約束、やっぱり守れそうにないよ。
fin.
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このSSはカナさまの「シェイドとエクリプスは別物という設定でのエクリプス→レイン←シェイド」というリクから。
リクの内容と、Gyuのシェレイの無さに対する逆境魂から、こんなSSが出来上がりました☆
このエクリプス君を管理人が気に入ってしまったせいで、この後「閉ざされた庭園」へと続く長い話へと続く事になります。
カナさま、ありがとうございました。