2人のシェイドU:閉ざされた庭園]







その時、遠くから声が響いた。

「レイーン!どこにいるんだー?」

!!!

一瞬、息の仕方を忘れそうになった。

「おーい、レイーン?」

声がどんどん近づいてくる。

オレは慌ててレインから離れる。

息の仕方は忘れかけても、この場を取り繕う反射神経だけは鈍っていなかった自分を褒めてやりたい。

絶対に、アイツにだけは今のシーンを見られてはマズイ。

だって、遠くからレインを呼ぶあの声は・・・・・・。

 

「あ、シェイド!」

レインが森の向こうにチラリと見えた、声の主に手を振る。

おいおい、なんて無邪気なんですか。

もしかして、オレが今、レインにキスしようとした事にすら気づいていなかったとか?

・・・・・・ありうるかもしれない。

じゃあ、キスを嫌がらなかったことには大した意味は無いって事なのか。

キスしようとしたことに気づいてなかったんじゃな・・・。

オレは小さく溜め息をつきながら、レインの横顔を見つめる。

・・・レインの顔が、赤く染まっている。

もしかして、照れて、ムリヤリに無邪気に装ってるのか?

だとしたら、望みはまだ捨てないでいいのだろうか?

一度は冷めた頬の熱気が再び増してくる。

 

森の小道の向こうから、シェイドが歩み寄ってくる。

駆け寄っていくレインの後姿を、オレはやりどころのない気持ちで見つめる。

「レイン、こんなところで何してたんだ?

探したんだぞ?」

「ごめんなさーい。

ちょっと懐かしくなっちゃって・・・。」

シェイドの声音がいつもより幾分か柔らかく聞こえる。

そして、レインを優しく見つめていたシェイドの目が、オレに気づいて驚いたように見開かれる。

「レ、レイン・・・、あ、えっと、うちの警備兵と、一緒にいたのか?」

シェイドが珍しく、しどろもどろになっている。

・・・そうか、シェイドはレインがオレの正体を知っていることを知らないんだった。

一所懸命、誤魔化そうとしてくれている。

ごめん、実は・・・、とオレが説明するより速くレインが口を開いた。

「警備兵?エクリプス、月の国の警備兵やってるの?」

「え、『エクリプス』・・・?」

シェイドの目が一層に見開かれる。

オレは慌てて説明しようとする。

別に慌てなくてもいいような気もするが。

すると、やはりオレよりも速くレインが口を開いた。

「だって、ここにいるのエクリプスでしょ?」

「うん、て、そうじゃなくて、いや、そうなんだけど、え?」

傍から見ても分かるくらいにシェイドが混乱している。

「どうしたのー?シェイドー。」

どうしたのじゃないよ、レイン。

う〜ん、さっさと説明したいのはヤマヤマなんだけど、なんだか少しだけ混乱しているシェイドを見るのが楽しくなってきた。

って、こんな事を考えてるってシェイドにバレたら殴られそうだけどな。

 

シェイドのレインへの事情聴取は遅々とだが進んでいった。

その間、何も口出しをせずに見ていたオレは自分でも認めるけど、かなりの物好きだと思う。

(もちろんオレに説明するように求めなかったシェイドも。)

遅々とした話は、ようやく、レインとオレが初めて出会った時のことにうつっている。

そう、あの時は驚いたな。

なんせ、オレたちが双子だなんて全く知らないレインが、オレがシェイドのふりをしている別人だと見抜いたんだから。

・・・そういえば、あの時からだったな。

レインのこと、好きになったのは。

オレも結構しつこいな。

胸の内で小さく苦笑する。

 

「レイン、どうして気付いたんだ、エクリプスがオレじゃないって・・・。」

オレが昔を思い出している間も、シェイドの尋問は続いていた。

「なんとなく、かな?」

「なんとなく?」

オウム返しに聞かれて、レインは眩しく笑った。

「だってシェイドはシェイドだし、エクリプスはエクリプスだもの。」

その笑顔に、また性懲りもなく胸がドキッとする。

急に黙り込んだシェイドも、きっとオレと同じなんだ。

 

するとシェイドはわざとらしい咳払いをした。

・・・照れ隠しだな。

オレが胸の内で笑ったのに気付いたわけではないだろうが、いきなりシェイドがオレに尋ねてきた。

「・・・エクリプスは、気づかれてる事知ってたのか?」

なんとなくバツが悪い。

「しばらくしてからレインに言われた」

「何でオレに言わなかったんだ?」

「レインが内緒にしてくれるって言ったからさ。」

「オレにまで秘密にしなくってもいいだろ。」

「すまない、オレがここを去るときに言えれば良かったんだけど、あの時はバタバタしてたからさ。」

本当のことを言ってるのに、言い訳くさいのが我ながら情けない。

「・・・・・・まあ、いいか。

そうだ、レイン。みんながお前の事探してたぞ?レインがいないとつまらないって」

「え?本当?じゃぁ会場に戻るわね。

シェイド、エクリプス、またね」

オレ達は、手をあげて答える。

レインがフフッと笑う。

「2人が並んでるの初めて見た。

やっぱり似てるわね。」

青い髪を翻して走り去るレインの姿を見送る。

 

「さて、と・・・、エクリプス」

シェイドがやけに真面目な顔でオレを振り返った。

ギクッとした。

まさか、だけど、さっきキスしようとしてたところ見られてたんじゃ・・・。

「とりあえず散歩でもするか」

え?

オレは一瞬、シェイドの言ったことの意味が分からなかった。

でも、すぐにそれが何を意味するのかを理解した。

「ああ、そうだな。

兄弟らしく、ムダ話でもしながら学園を歩くか」

笑ってそう言うと、シェイドは照れくさそうに顔を赤くした。

「・・・わざわざ解説をしなくていい!」

さっさと歩き出すシェイドの背中を追う。

「兄弟らしく並んで歩かなくていいのか〜?」

「う、うるさい!」

オレは笑う。

シェイドもつられて笑った。

 

けれど、そのシェイドの笑顔を見ながら、オレは喉がヒリつくような辛さを覚えていた。

それは、心の中で燃え始めた火のせいだ。

このレインへの想いを、いつかシェイドに打ち明ける日が来るのだろうか?

それとも――。