square garden 6章:『まどろむような、心地』 







シェイドが残していった言葉に、レインはまだ戸惑っていた。

そこに、ドアが軽やかにノックされた。

「?」

あまり聞き覚えのないノックだった。

レインは首をひねりながら「どうぞ」と、ドアの外に声をかけた。

「久しぶりですわね、足の調子は良くなりまして?」

入ってきた少女の顔を見て、レインはパァッと笑顔を浮かべた。

「アルテッサ!!」

訪ねてきたのは宝石の国のプリンセス、アルテッサだった。

かつて、一緒に旅をした仲間であり、学友であり、ブライトの妹でもある。

入院したばかりの時に、お見舞いに来た以降は、あまり顔を見せてくれていなかったので、レインの喜びも一際大きい。

「嬉しいわ、来てくれて!さぁ、座って座って!」

レインのすすめに従って、ベッドわきの椅子に腰を下ろしながら、アルテッサが済まなそうに言う。

「ごめんなさいね、なかなかお見舞いにこれなくって・・・」

「何言ってるの、そんなこと気にしないで!」

 「・・・実は、ちょっと色々と忙しくなることがあったんですの」

「なぁに?」

レインが首を斜めにかたむけて、アルテッサに問う。

すると、アルテッサは頬をわずかに赤らめる。

「本当は、もっとはやくに報告したかったんですけど、やっぱりハッキリしてからの方がいいかと思って・・・」

「も〜ぅ、じれったいわねー、なぁになぁに?」

「じつは・・・」




「えーーーっ、結婚!!?」



病室にレインの声が響きわたる。

「しーっ、レイン、声が大きいですわよ!!」

「へ、あ、あぁ、ごめんなさい・・・。

で、でもまだ若いのに結婚だなんて、よく思い切ったわねぇ。

お相手は当然、アウラー?」

「そりゃ当然ですわ」

その時、『当然』と言い切れるアルテッサを、レインはなぜだか少し羨ましく感じた。

「まあ、この年で結婚っていうのは、確かに少し悩んだんですのよ。

でもねぇ・・・」

「でも?」

「いくら結婚を先延ばしにしたところで、私は結局、いつだってアウラーと一緒にいるんだろうなって思いましたの」

レインはアルテッサの笑顔に思わず見とれる。

幸福と、自信と、愛情にあふれたアルテッサの笑顔は、今までに見たどの笑顔よりも美しかった。

「いつか結婚するのならば、早いほうがいいでしょう?

だって、人の運命はいつどうなるか、わからないもの。

後悔はしたくないですわ」

アルテッサの言葉に、レインは深く頷く。

するとアルテッサはニッコリほほえんで、レインに囁いた。

「私にそう思わせてくれたのは、レイン、あなたですのよ?」

「え、私が・・・?」

「ええ、というよりきっかけを作ってくれた、と言ったほうがいいかしら?」

まだ不思議そうな顔をするレインに、アルテッサは再度微笑み、レインのギプスに包まれた足をそっと撫でた。

「・・・レインたちの乗った飛行船が事故にあったって聞いた時、私、心臓が止まってしまうかと思いましたわ。

 もしかして、レインたちが死んでしまうのじゃないかって、私は、大切な大切な友達を失ってしまうのじゃないかって・・・」

「アルテッサ・・・」

「私は、あなた方に色々な、目に見えない、大切なものをもらったけれど、私は何も返してあげれていない、そう思ったら、胸の中が、苦い苦い後悔でいっぱいになって・・・」

そのときのことを思い出して、アルテッサの目は涙で潤む。

「だから、レインたちが無事だったって聞いた時、本当にホッとしましたの。

そしてね、これからは絶対に後悔しないように生きようって決めましたの。

・・・レイン?」

うつむいたまま黙りこくっているレインをアルテッサは心配そうに覗き込む。

見ると、レインの頬には涙がつたっている。

「・・・・・・、アルテッサ・・・、ごめん、ね」

きれぎれに口からでるレインの言葉。

「どうしてレインが謝るんですの?」

「だって・・・」

その後は、上手く言葉に出来なかった。

自分の不注意でおこした事故のために、アルテッサがこんなに心を痛めていたことが、申し訳なくて、嬉しくて、胸がいっぱいになる。

ただ、これだけは伝えなければと、息を吸い込む。


「ありが、とう・・・・・・」

すると、アルテッサはレインの頭を包み込むように抱きしめた。

「私も、ありがとう、レイン」





涙がようやくおさまり、アルテッサの入れてくれたお茶でひとごこちをつくと、レインは本来のミーハーぶりをとりもどして聞いた。


「ねえ、それでアルテッサはアウラーのどんなところに惹かれたわけ?」

「はあっ?い、いきなり何ですの?」

「聞きたい、聞きたいぃ〜v」

「い、嫌ですわよ、そんな恥ずかしい!」

「え〜、何が恥ずかしいの〜?

 アルテッサがどれだけアウラーのことを好きか、そしてどんなところが好きなのか、胸の内にあるそんな甘酸っぱ〜い想いを語るだけじゃな〜い」

「それが恥ずかしいって言うんですのよ!

違うっていうんなら、レインが先に語ってみればいいじゃありませんこと!?」

「え?私が?何を?」

「だから、『どれだけ好きか、そしてどんなところが好きなのか、胸の内にあるそんな甘酸っぱ〜い想い』ってやつですわよ!」

「え、だって私はアウラーに恋してないわよ?」

「あ〜、もうっ、そんなのは分かってますわよ!

そうじゃなくって、レインがお兄様のことどんなところが好きなのかってことですわよ!」

「ぶ、ブライト様のこと!?」

「当然でしょ?レインとお兄様は恋人同士なんですから」

『恋人同士』

確かにそうなのだが、なぜかそれを聞いたとたん、レインは言葉につまってしまった。

心臓の上をかすめていく、かすかな違和感。

それは、ブライトから告白されたときから、レインの中で少しずつ大きくなってきていたものだった。

 「レイン?どうしたんですの?」

急に黙り込んでしまったレインに心配そうにアルテッサが聞く。

 「う、ううん。なんでもないの」

自分の胸のうちにある違和感のことを、当のブライトの妹にも言えずに、レインはそう言ってごまかした。

「そう?それだったらいいんですけど・・・。

でも、今更レインからお兄様のことどれくらい好きかとか聞いてもあまり意味ないかもしれませんわね」

「え、な、何で?」

「だって、レインったら昔からお兄様のこと大好きでいっつもキャーキャー騒いでいたじゃありませんの。

もう何度聞かされたか分かりませんわ『ブライト様の爽やかな笑顔〜』だの『ブライト様の優しげな眼差し〜』だの」

「そ、そんなバカっぽい声だして真似しなっくても・・・」

「わりと忠実に再現しているつもりですけれど?」

「うぅ〜」

レインの憮然とした表情を見て、アルテッサはクスッと笑って立ち上がった。



窓からは真っ赤な西日が差し込んで、少しまぶしい。


アルテッサは、カーテンを閉めながら言う。

「でも、まあ良かったじゃありませんの。

憧れてたお兄様と今や恋人どうしなんですもの。

・・・あら?」

 窓の外を見て、アルテッサが小さな声をあげた。

「どうしたの、アルテッサ?」

「噂をすれば、ですわよ」

指を差した先を、ベッドの上から上半身だけ乗り出すようにして覗き込むと、そこにはブライトとファインがいた。

病室は三階にあるので、見下ろす格好になるのだが、少し建物から離れているので、二人の顔もきちんと見える。

レインの見舞いに来て、偶然に会ったのだろう、手にはそれぞれレインへのお見舞いの品を持っている。

二人で話している姿は楽しそうで、なんだかとてもリラックスして見えた。

「へぇ・・・」

その二人の様子を見ながら、アルテッサが小さくつぶやく。

「どうかした?アルテッサ」

「うん、ちょっとね」

「?」

「さっき、私、アウラーのどこに惹かれたか言いませんでしたでしょ?

あれね、ひとつ言うとすれば、『そのままの自分でいられるから』だったんですの」

「・・・そのままの、自分?」

「ええ、私、以前は自分はだれよりも優れていなくちゃいけない、とか、気品あるプリンセスでなければいけない、とかそんなことばかり考えて肩肘はって生きていましたでしょ?

でも、なぜかしら、アウラーの前では、きどらないで、そのままの自分でいられましたの。

それが、とても心地よくて・・・」

「そうなんだぁ、素敵ね、そういうのって」

「でも、多分お兄様もそうなんじゃないかしら?」

「え?」

「レインに惹かれた理由ですわよ」

「ぶ、ブライト様が、私に?」

「ええ、だってほら」

そう言って、アルテッサは再び窓の下のブライトを指差した。

そのブライトは、とても自然な表情で笑っている。

「お兄様があんなリラックスした顔するの、私たち家族以外では初めて見ましたわ。

きっと、レインとファインは、お兄様にとって『そのままの自分』でいられる相手なんですのね」

アルテッサは、そう言ってニッコリと微笑む。

だが、その笑顔に対して、レインは上手く笑い返すことができなかった。

 ひとつの事実が、胸の奥を突き刺している。




――ブライト様は、私にはあんな風に笑わない。






…久しぶりに『square garden』書いたら、一人称視点だったのを三人称視点に間違えてしまいました(汗)

もう先のほうも書いてしまってるので、とりあえず書き直しはせずに、このままいきますφ(´・ω・`)