square garden:3章 『月の無い夜には』

 

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・・・そっとそっと、誰にも見つからないように。

お城の廊下を音をたてないように、爪先立ちで歩く。

そんなに遅い時間では無かったけれど、お父様もお母様も自室に戻っていたし、メイドさんたちもそれぞれの仕事で忙しいようだった。

お陰で、誰にも気づかれずに済みそう・・・。

 

薄いレースのカーテンを潜り抜けるように、テラスから外に出る。

今日の夜空には月も出ていなくて、お城を抜け出そうとする私の事を隠していてくれるみたい。

こんな風に、こそこそするのはあまり好きじゃないけど、今日は仕方がない。

なんたって、夜に男の子のところに忍んで行くんだから。

・・・クス。

自分が心の中で呟いた言葉に、思わず笑ってしまった。

確かに「夜」だし、行く先は「男の子のところ」なんだけどね。

相手はブライト様じゃなくて、シェイド。

やっぱり、こんなもやもやした気持ちを抱えたまま寝れないもの。

誰かに吐き出してスッキリしなくちゃ。

 

・・・なんて、そんなのの相手にシェイドを選ぶのは、すごい失礼な上に迷惑この上ないのは承知してるんだけど。

それでも今、自分の気持ちを聞いてもらいたいって時に、頭に浮かんだのはシェイドだけだった。

普段なら、双子の片割れのファインが1番なんだけど。

ブライト様の事を相談するのには、ちょっと・・・。

だってブライト様がファインのこと好きだった事、にぶいファインでも何となく気付いてたんじゃないかって思うし。

そうじゃなくても、私、やっぱりギクシャクしちゃいそう。

それに、シェイドには聞きたい事もあるし。

『オレが意見するのはフェアじゃない』

あの、言葉の意味を――。

 

 

月のない夜に、飛行船は静かに眠るように佇んでいた。

そぉっと近づいて、扉を開けようとする。

「レイン、どっかに行くの?」

背後から急に声をかけられた。

私は体を硬直させる。

――振り向かなくたって、声でわかる。

生まれてから、ずっと一緒の妹。

あぁ、見つかりたくなかったのに・・・。

 

1回、小さく息を整えてから、意を決して振り向く。

「ファ、ファインこそどうしたの?こんな夜に・・・」

質問に質問で返してしまった。

あんたこそコソコソ何やってんだって、意地の悪い相手なら返してきそうだけど、ありがたい事に、私の妹は、そんなのじゃなかった。

「昼に、お庭のベンチに忘れ物しちゃったんだ。

それを取りにきたら、レインの姿が見えたから」

ニッコリと素直に返してくれるファイン。

何だかホッとしてしまう。

でも、私の方は「ブライト様との事を相談しにシェイドのとこに行く」とは素直に言えなかった。

ブライト様がファインの事を好きだったっていうのもあるけど、それ以上にファインがシェイドの事を好きだから・・・。

 

その気持ちが、一体どれくらいのものなのかは、私にもはっきりとは分からない。

それでもファインの仕草や言動を見ていれば、少なくとも彼女がシェイドに惹かれているのは察しがつく。

恋愛関係には不慣れなファインは、本当に素直に純粋にシェイドを目で追っているから。

だからこそ、変に誤解を与えてファインに辛そうな顔をさせたくはなかった。

私が1番守りたいのは、ファインの笑顔なんだから。

「何だか眠れないから、飛行船でその辺をグルッと回ってこようかと思って」

だから、嘘をついた。

普段は大嫌いな嘘を、今だけ・・・。

 

「へぇ〜、いいね。

私も一緒に行っていい?」

その嘘に、こんな風に返されるなんて予想もしてなかった。

「・・・ええ、もちろん」

断れるはずもなかった。

だって、「その辺をぐるっと回る」のに、ファインが一緒で困る理由はないんだから。

――シェイドに相談に行くのは、また今度にしなきゃ。

私は小さく苦笑すると、飛行船の扉を開け、ファインの手をひいた。

 

行く当てもなく、私たちを乗せた飛行船は漆黒の闇の中を進んでいく。

時々、たわいもない会話を交わしながら窓の外の風景を眺める。

街の灯りが今日は一際美しい。

「・・・ね、ねぇ、レイン・・・」

夜の風景に目を奪われていると、ファインが言いづらそうに話しはじめた。

ファインにしては珍しく俯いて、口ごもる。

私はそっとファインを覗き込んで、その先をうながす。

「ん?なぁに?」

ファインの頬が赤く染まっている。

「あ、あのね・・・」

何だろう、こっちまで胸がドキドキしてくる・・・。

その時、ガクンッという衝撃が走った。

飛行船が墜落しかけてる!!

いけない、つい操縦桿から手を離してしまった・・・!

私は、慌てて体勢を立て直そうとする。

飛行船が墜落するのは、いつもの事・・・、だけど、今日はいつも操縦をしているプーモがいなかった。

私じゃ、立て直せない・・・。

この落ち方は・・・、危ない!!!

「レイーーーーン!!!!」

ファインの叫び声が聞こえる。

手がガクガクと震える。

窓の外には岩壁が広がっている。

それが、どんどん近づいてくる。

 

「・・・・・・!!!!」

 

世界が揺さぶられるような衝撃の後、覚えているのは、頬に触れる夜風の冷たさと、視界の端で倒れてるファインの赤い髪。

 

――そうして、私は意識を失った。