square garden:4章 『色のない場所』
----------------------------------
――気がつくと、私の体は包帯で真っ白だった。
目は覚めても、今の状況をなかなか把握できなくて、しばらくぼんやりと、やはり真っ白な天井を見つめていた。
天井だけでなく、壁もカーテンも、目に映るもの全てが白い。
まるで、変な夢でも見ているような気になる。
やがて、かすかに香る消毒薬の香りで、ここが病院なのだと知った。
ファインは、どこだろう?
赤い髪の妹の事を思った。
意識を失う前に見たファインは、墜落した飛行船の中、私から少し離れたところで、倒れていた。
まさか・・・。
と、最悪の事が頭をよぎる。
何の音もしない、色もない、この部屋は私をどんどん不安な気持ちにさせる。
いやだ、こんな気持ちは。
とにかく、そこら中走り回って、ファインの姿を探そう。
そう思って、起き上がろうと、した。
・・・?
あれ?
足が、動かない・・・。
今まで、意識しなくても出来ていた事が急に出来なくなって、私はとりあえずどうしたらいいのか分からなくなった。
どうしよう、ファインの無事を確かめたいのに・・・。
じんわりと涙が浮かんでくる。
何の返事も返してくれない真っ白な部屋が恨めしい。
こんな所にはいたくない。
・・・ここは、寂しい。
ガチャリ。
ふいに音がした。
ベッドから身を起こせないまま、首をのばすようにして、音のした方を見る。
今、この場所で、その音が私を救ってくれるような気がして。
ぐっと凝らした視線の先に、夜空の色の瞳がこちらを見ていた。
「・・・シェイド」
ドアを開けて入ってきたシェイドは、黙ったまま私の顔を見つめていた。
まるで言葉が喉につかえて出てこないみたいに。
やがて、ほぅっと溜め息を吐き出すと、小さく微笑んだ。
「ようやく、気がついたか」
ドアがそっと閉められる。
シェイドは部屋にあわせたような白衣を着ている。
そのせいで、シェイドの髪と瞳だけが、この空間に色を与えていて、思わず目が惹きつけられてしまう。
ん?白衣・・・?
あれ、ということは・・・。
「ねぇ、シェイド、ここって・・・」
近くまで歩み寄ってきたシェイドに、問いかけようとする。
「ああ、オレが研修医をやっている病院だ」
学園にいた頃から、医学の道を志していたシェイドは、現在、かざぐるまの国の程近くにある病院の研修医をしている。
王子でありながら、実際に医療の場にいるのは、はっきりいって、なかなか無いことなんだけど・・・。
現在の月の国の女王、シェイドのお母様のムーンマリア様の体調が良好なことと、王女のミルキー姫が公務を積極的にこなしてくれていることに支えれられているようだ。
もちろん、シェイドの意思の強さもあるけれど。
ふいにシェイドは私の顔を見て怪訝そうな表情を浮かべた。
手が、私の目元に触れる。
「・・・泣いてたのか?」
そっと目の際に残っていた涙をぬぐわれて、私はハッとした。
「そ、そうだ、ファインは!?ファインは無事なの!!?」
勢い込んで聞く私にシェイドは瞬間的に驚いたような表情をしたが、やがて優しく笑って言った。
「あぁ、大丈夫だ。
打ち身と擦り傷だらけだけどな、とりあえずは無事だ。
お前より先に気がついて、今は大量の食事をたいらげてるとこだ」
ホッと胸をなでおろした私の顔の前にシェイドがピタッと人差し指を突き出した。
「大丈夫じゃないのは、レイン、お前のほうだ。
全身打ち身で、両足骨折してるんだぞ!?」
「えぇっ!!?」
・・・どうりで、立ち上がれないと思った。
「まぁ、折れ方がいいから治るのも早いだろうけどな。」
言いながらシェイドは、私の頭を子供にするみたいにポンポンッとする。
「じゃぁ、オレはみんなに報告してくるから、ちょっと待ってろ」
「うん」
私は、やけに素直に頷いてしまう。
「あ、そうだ」
ドアに向かっていたシェイドが、ふと足を止める。
?何だろう?
「お前の担当、オレになったから」
え?
「夜中に勝手に飛行船動かして、大怪我するようなジャジャ馬プリンセスには荒療治が必要だからな。
これから、覚悟しろよ?」
言いながら、シェイドは意地悪く笑う。
はぁあ!?
「な、何ですって〜!?」
私の叫び声を背中に受けながら、さも楽しそうに笑って、シェイドは部屋を出て行く。
バタンと閉まったドアに私の投げた枕がむなしく当たって落ちた。
「な、何がジャジャ馬よ〜〜っ!!!」
残された私は、声を張り上げる。
ドア越しにシェイドの笑い声が微かに聞こえる。
私は、枕の無くなったベッドに膨れながら突っ伏して、こっそりと笑う。
・・・もう、この部屋が寂しいなんて、思わなかった。