最終章:something blue |
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黒い嵐を突き抜けて、飛行艇はかざぐるまの国に降り立った。
思いのほか被害のひどい国の様子に、ファインやブライトも驚きを隠せない。
「とりあえず、城に向かおう」
城に行くと、アルテッサとソフィーが出迎えてくれた。
2人とも疲れた顔をしている。
兄であるブライトが、アルテッサを抱きしめる。
それまでは、気丈に振舞っていたアルテッサの表情が崩れる。
窓の外の激しい風。
レイン――、これがお前の起こしたことだなんて。
アウラーは管理室にこもっていた。
どうにかして、かざぐるまの操作をこちらに戻そうとしているのだが、魔物の力が強すぎて、どうにも出来ないらしい。
アウラーは、オレに気付くと疲れた顔で、それでも笑ってくれた。
「すまない・・・」
「君が謝ることないよ」
そう言われても、やはり申し訳ない、という気持ちで一杯だった。
「それより、レインの居場所が分かったよ」
「本当か!?」
「一応、まだ可能性だけどね」
そう言って、アウラーは大きなスクリーンを示す。
そこには、かざぐるまの国の天気図が映されていた。
風や、雲の流れが一目で分かる。
その中で、1ヶ所だけ全く風が発生していない場所があった。
「もしかして・・・・」
「ああ、そこにレイン達がいる可能性が高い。
でも、その周りは一際強い風が渦巻いていて近づけないんだ」
天気図の中の特に濃い白の渦は、その場所の激しい嵐を容易に想像させた。
「それでも、行かないわけにはいかない」
嵐に守られた場所へ、どうやって行くのか?
その難問は、またしてもブライトの発明によって解決された。
「・・・あの飛行艇、こんなもんまで付いていたのか?」
オレの目の前にあるのは、空対地ミサイル。
この、ふしぎ星で何のためにミサイルなんかが必要なのか・・・。
「ファインに何かあった時の為に開発しておいたんだよv」
お前の愛には、頭が下がるよ・・・。
ミサイルは嵐を切り裂き、目指す場所への道が開いた。
その道の中、飛行艇は真っ直ぐに突き進んでいく。
――突然、景色が晴れた。
目の前には古びた小さな塔。
オレと、ファイン、ブライト、プーモは塔の階段を登っていく。
真っ直ぐに伸びた塔は監視用か何かだったのだろう、途中には1つも部屋が無い。
螺旋状の階段を上り詰めた先には、重そうな鉄の扉があった。
その扉を開けると広い空間が広がっていた。
石造りの壁と天井は、古びて半分が崩れ落ち、その周辺の嵐から切り離されたような青い空が見えた。
その景色の中に――、
黒いドレスのレインと、魔物がいた。
ようやく、見つけた。
オレはレインを抱きしめたい衝動を、どうにか抑えた。
「今日こそ、レインを返してもらうぞ!!」
ムチを振るう。
魔物は宙に飛び、それを避ける。
空中で不安定な魔物に、もう一撃食らわせようと身構えた時、
ザシィッ!!
オレの足元に黒いオーラを纏った矢が打ち込まれた。
「!!」
矢の放たれた先には、レインがいた。
魔物にさらわれて以来、相変わらずの虚ろな目。
「おしかったね、せっかく油断してくれていたのに。
さぁレイン。奴らを全員、串刺しにしてやれ!!」
魔物の命令に従い、レインは次々と矢を放つ。
その間も魔物はオレたちへの攻撃の手を緩めない。
「!! ブライト、ファイン! ここはオレがふせぐ。
その間にレインを!!」
「って言われても、どうしたら・・・」
「以前に、お前たちがプリンセス・グレイスから宝石を貰っただろう?
レインは今もそれを持っているはずだ。
それを取り戻してくれ!!」
オレが、そう言った瞬間、
「ほう、プリンセス・グレイスの宝石、か・・・」
魔物がにやりと笑った。
「!!シェイド、声大きい〜!」
ファインの憤りを背中に感じつつ、オレは魔物の動向を見守る。
――上手く、いくだろうか?
魔物がレインに近づく。
「プリンセス・グレイスの宝石を出しなさい」
レインは虚ろな表情のまま、胸元に手をやった。
取り出された宝石は、以前に見た時より一層輝きを増しているように見える。
「あぁ〜!どうするのよ〜!!」
ファインが地団駄を踏むのをよそに、
魔物の手に宝石が渡った―――。
魔物の手の中で、青い宝石が聖なる輝きを放つ。
「これが、プリンセス・レインを元に戻す鍵なんだな?」
ククッと含み笑いをすると、魔物は手に力を込める。
宝石に小さくヒビが入る。
ファイン、ブライト、プーモが「ああ〜!!」と悔しそうな声をあげる。
オレも、どうなるのかという不安を胸に魔物の挙動を見つめる。
ヒビが大きくなる。
・・・・・・どうか、上手くいってくれ!!
パキィィン!!!
とうとう宝石が砕け散った、その途端――、
宝石から、あふれ出るように声や音楽や風景が、あたり一面に広がった。
その全てに、星の人々の平和を思う心が込められていた。
「ぐぁああっ!!!!」
途端に、魔物がうめき声を上げる。
奴らは、悲しみや怒りの感情をエサにしている。
真逆であるこの光景は、さぞかし苦痛だろう。
オレは、魔物が身動きできないうちに、レインを救いだそうと走る。
「ど、どういう事!!?」
戸惑ったようにファインがたずねる。
「あの石の中の想いが吹き出したんだ!!」
「石の中の想い――?」
『この石には、ふしぎ星のみんなの心が込められてるの』
レインはかつて、そう言っていた。
以前、星が闇の力の前に危機に陥った時の、人々の平和への願い、そしてプロミネンスの力が封じ込められたのが、あの石なのだと。
「つまり――、この風景とか音楽が、ずっと石の中に閉じ込められてたって事?」
「ああ、この中なら魔物は力を出し切れない。
レインを取戻すなら今だ!」
オレの横を幼い日のプリンス・ティオの幻が駆け抜ける。
ティオだけじゃない、しずくの国のプリンセス・ミルロ、メラメラの国のプリンセス・リオーネ、ふしぎ星のみんなの10年前の幻が走馬灯のように流れていく。
「レイーーーン!!!」
その光景の中、表情の無いレイン。
彼女の肩に手をかけようとした瞬間、腕に熱い痛みがかすった。
魔物が苦しみながらも、オレに向かって攻撃を放ったのだ。
「くそっ、ただの人間が・・・、悪あがきを・・・!」
体勢をくずし、顔をゆがめたまま、それでもここまで動けるとは思っていなかった。
だが―――、
「悪あがきは貴様だ!!」
オレのムチが魔物の体をしたたかに打ち付ける。
「ぐぅっ!!」
魔物が退いた隙に、今度こそレインを抱きしめる。
腕の中の確かな温もりを確認すると、ムチを半分崩れた天井へ向けて振るう。
そこにかろうじて残っていた照明の金具にムチを巻きつけ、オレは跳ぶ。
ムチで振り子のようにぶら下がり、レインを取戻して、ファインたちの元に降り立つ。
「レイン!!!!」
皆が歓喜で叫ぶ。
ファインは半泣きでレインに抱きつく。
「良かった〜、レイン〜!!」
その光景を見て何となくホッと胸をなでおろす。
これで、何もかも元通りに――、
「な、何するの!!?レインっ!!」
レインがファインの首に手をかけ、締め付けようとしている。
「レインッ!!!!」
慌てて止めようとするオレの背後で声が響く。
「プリンセス・レインは渡しはしない」
先程、オレに跳ね飛ばされたまま傷ついた魔物が、それでもニヤリと笑った。
魔物の周りにじわじわと黒いオーラが集まっている。
――もう力が戻りつつあるのか?
背中がゾクッとするような恐怖。
オレはとにかく、ファインを襲おうとするレインの手を引き剥がす。
レインのものとは思えない、ものすごい力だ。
何とか、ファインからレインを離したが、途端に彼女の手はオレに向かう。
「っレイン!」
先程と同じように、今度はオレの首に手をかけようとする。
その両手をつかんで、レインの目を探るように見る。
何の光も映さないその瞳に、哀しみの影を見た気がして、
オレは絡め取るようにレインを抱きしめた。
何とか逃れようとオレの腕の中でもがくレインを逃すまいと、さらに腕に力をこめる。
そして、祈るように呟く。
「レイン、お前の場所はここだ。
ここにいてくれ・・・・!!」
レインは、依然としてオレの腕を振りほどこうと身をよじる。
そんな、レインの両手をグッと押さえ、ムリヤリに目を合わせる。
「オレを見ろ。
そして、思い出してくれ。
オレたちの、時間を――。」
レインの顔に苦悩の表情が浮かぶ。
つかまれた両手に更に力がこもる。
その時、ファインが苦しげに声を上げた。
「苦しぃっ・・・!!」
レインを押さえたまま、振り向いてみると、その言葉通りにファインが胸を押さえて、うずくまっていた。
ブライトが駆け寄り、声をかける。
ファインは何とか、言葉を返そうとするが、荒い呼吸の中、切れ切れにしか、声が出せないようだ。
「レインの、苦しさが、伝わってくる・・。
シェイドの所に帰りたくって、だから
レインは闇と戦ってる・・・!」
その言葉に、またレインに目を戻す。
レインは、小さなうめき声を上げながら、奥底からくる苦しみに耐えているようだった。
オレの腕の中の体は強張り、小刻みに震えている。
「レイン!!」
呼んだって、どうにもなりはしない。
そう思いながらも、名前を呼ばずにはいられなかった。
彼女の苦しみを無くして、早く、今のところから開放してやりたかった。
だが、気持ちはあせるばかりで、どうしたらいいかなんて、何も分からなかった。
――その時、オレの耳に1つの音楽が聞こえた。
オレたちを取り巻いていた、過去の風景から聞こえてきた、その音は、不思議なほど、オレの心を落ち着かせた。
それは、優しい、雨だれのような曲。
オレは、そっとレインの体を抱きしめなおす。
「この曲、聞こえるか?
昔、放課後に2人で練習した、あの曲だ」
そう、思い出す、懐かしい学園の生活。
2人だけの、放課後の音楽室。
危なっかしく鍵盤をたどる、レインの指。
そして――、
「レイン、覚えてるだろ?
音楽準備室で、2人でお嫁さんごっこした事」
レインのいたずらっぽい笑顔に、顔を真っ赤にして照れてるオレの姿を思い出す。
「レイン、あの時の誓いの言葉。
今も変わってない。」
幼かったあの頃から、いつも胸にあった想い。
「――愛してる、レイン。
お前だけだ」
その途端に、胸を押さえていたファインが大きな声を上げて、苦しみだした。
それと連動するように、レインもオレの腕にしがみつきながら叫びをあげた。
「レイン!!!!」
「ぁあぁあああっっ!!!!」
その叫びが一際高くなった瞬間――、
何かがはじけた。
レインもファインも倒れこんだまま、動かない。
突然の事に、どうしたらいいかも分からず、成す術もなく、ただレインを抱きかかえる。
すると、ブライトの腕の中のファインが薄く目を開けた。
「レイン、頑張ったねぇ。
ようやく、帰ってこれるね・・・」
まだ、つらそうな呼吸の中、そう言って微笑んだ。
まだ目を閉じたままのレイン。
その顔をじっと見つめる。
「レイン・・・?」
幾分かの不安を心の中に含みながら、その名を呼ぶ。
だが、レインの瞼は動こうとしない。
――やはり、ダメなのか?
そう思いながら、レインの手を握り締める。
すると、その手が、わずかに動いた。
「ぅ・・・・」
そして、微かなうめき声をもらすと、
愛おしい緑の瞳がオレを見つめ返した。
「レイン?」
オレの呼ぶ声にレインは、微笑むと、その手を伸ばす。
「シェイド・・・、
初めて愛してるって言ってくれた」
――戻って最初のセリフが、それかよ。
「全く、お前ってヤツは・・・」
相変わらずなレインに苦笑しながら、
オレはこれでもかと言うくらいに強く、レインの体を抱きしめた。
オレにすがるレインの手が愛おしい。
・・・だが、いつまでも幸せに浸っている場合じゃない。
黒いオーラが次々と魔物の元へと集まっていく。
ヤツの目の輝きが徐々に甦る。
「プリンセス・レイン・・・。
こっちだ、こっちに来い・・・っ!」
苦しげな息の下から、レインを呼ぶ。
鬼気迫る魔物の表情に、オレはレインの手を握りしめる。
完全に闇に飲み込まれた魔物は、なおも言い募る。
「私と一緒に、闇の中にいてくれ」
レインは緩く首を振る。
「ダメよ。
私の居場所は、そこじゃないもの」
レインの右手が、そっと空中に差し出される。
辺りに広がっていた過去の風景が、静かに集まる。
それは、差し出された手に向かうに従い、淡い光になり、やがて手のひらへと降り立った時には1つのコンパクトのような物へと姿を変えていた。
サニールーチェ。
レイン達が変身する時に、かつて使っていた、おひさまの国に伝わる宝だ。
懐かしそうにレインがサニールーチェを両手に包む。
すると、何かが砕ける音がした。
ファインが自分の持っていた石を割ったのだ。
途端に光があふれ、その中に、レインの手にあるのと同じルーチェ。
「行くわよ、ファイン!!」
「OK!!レイン☆」
サニールーチェから発する光が2人を包む。
その光が、星を救う伝説のプリンセスの姿へと、2人を変えていく。
「・・・そう、私の居場所はここ」
純白のドレスを纏ったレインが、決然とした口調で言う。
そして、魔物を見ると、微笑んで付け加えた。
「でも、貴方の居場所も、そこじゃ無い。
ずっと、闇に囚われていてはダメ」
レインとファインの手が同時に動く。
「トゥインクル エターナル ソーラー
ブルーミッシュ!!
闇の力よ、消え去れ!!」
2人の言葉が響く。
光が魔物へと向かう。
魔物の纏っていた、闇のオーラが剥ぎ取られる。
「ぐぅあぁあああぁぁっ!!!」
魔物の姿が、光の中で崩れていく。
やがて、それとは別の、小さな瞬く光が現れる。
レインは、その星のような光に歩み寄ると、優しく手を差し伸べる。
「貴方は、もっと自由な世界で生きていいの」
そう言うと、光は風にそっと溶けるようにして、静かにどこかへ飛び去った。
闇から開放された魂は、この星中をめぐり、遥かなる世界へ飛ぶだろう。
いつか、優しい存在として生まれる日まで。
光が飛び去った空を見つめるレインとファイン。
オレは、レインの肩を抱き寄せる。
「あの魔物を取り巻いていた闇は孤独すぎる。
彼は、その中で、ずっと寂しかったのよ」
レインの頬を涙が一筋流れる。
「・・・お前も、寂しかったか?」
「そうよ、だから・・・」
オレの指に、レインの指が絡められる。
「――もう、2度と離さないで」
----エピローグ------
ポン、ポンッ!!
軽やかな音をたてて、昼の空に花火が上がる。
人々の顔は、みな華やいでいる。
「ファイン、い〜い?
披露宴のときは、ごちそう食べ過ぎちゃダメよ?」
結婚式の控えの間で、先程からレインは、花嫁に向かって忠告を繰り返している。
当の花嫁、ファインは
「うん、分かった☆」
と明るく返している。
きっと、この誓いは近く破られるに違いない。
花婿のブライトが、控え室に現れ、ファインをベタ褒めしだしたのを頃合に、オレ達は控え室を出た。
庭に出ると、数ヶ月前の闇との戦いが嘘のように、世界は平和に包まれていた。
初夏の涼やかな風が心地いい。
・・・このどこかに、あいつもいるんだろうか?
ふと関係ないことを思いついて、レインに聞く。
「ファインも、例のおまじないしてるのか?」
「え?ああ、something
fourのこと?
もちろん、ちゃーんと教えてあげたわよv」
ちょっとレインが先輩ぽい顔をしてみせる。
「特にsomething
blueはこだわったのよ。
私のときも、色々あったけど、最後は助けてもらったもの」
「ああ、そうだな・・・」
「あ、アルテッサだわ!お祝いを言わなきゃ!」
向こうにブライトの妹を見つけると、レインはドレスを翻して駆け出した。
青い髪が、日の光に透ける。
オレは、その後姿をまぶしく見つめた。
――something blue、
花嫁に幸せをもたらすもの。
もしも、それが誰にもあるのなら、
レイン、オレにとってのそれは、お前であってほしい。
青い髪をもつ愛しいお前が、
ずっとオレと共にいるように―――。
fin.
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