人魚姫のレインとシェイド
プロローグ:「水の向こうに」
海の底は、果てしない闇の中にある。
だが、その海の底の更に底には、鮮やかな青い光に包まれた人魚の世界があった。
「ねぇ、お姉さま。あの話を聞かせて」
「また?あなたは人間の世界の話が好きねぇ」
人魚の王様には、6人の娘がいる。
その娘たちは15歳になると海の上に浮かび上がって、人間の世界を見る事を許される。
まだ15歳の誕生日を迎えていない末の妹は、姉達から聞く地上の世界の話が大好きだった。
妹姫は姉妹の中でも一際美しい長く青い髪を持ち、優しく可愛らしい性格で、皆から好かれていた。
「でも、もうすぐで貴女も自分の目で人間の世界が見られるわよ?」
「そう言えば、今度の満月の日が誕生日だったわねv」
「プレゼントは何がいいかしら?」
5人の姉が楽しそうに妹姫に笑いかける。
妹姫は、照れるように微笑むと、こっそりと上を見上げた。
深い深い海の色の向こうに、まだ見ぬ世界があると思うと胸が高鳴って仕方がなかった。
1章:「月の下で」
「ふぅ・・・」
小さな溜め息をついてシェイド王子は、船の甲板へと出た。
船の中からは、人々の歓声や笑い声が聞こえてくる。
今日はシェイド自身の誕生日のための船上パーティーだ。
皆が自分を祝ってくれるのは、とてもありがたいのだが、正直言ってこういう場は苦手だった。
来客に一通り挨拶を済ませ、イベント等が落ち着いたのを見計らって、シェイドは目立たないように人々の群れから抜け出た。
人々の喧騒から逃れるように、甲板の隅の方へと更に歩を進める。
船内の照明も届かない船尾の方に居場所を決めて、そっと腰を下ろした。
周りには、パーティーの開始の際に打ち上げられた花火の仕掛けが残っていた。
見事な花火の事を思い出して空を見上げると、そこには輝く満月。
シェイドはその美しさに思わず見とれた。
花火もいいが、自分にはこういった飾らないそのままの美しさの方が合っている。
そう思い、言葉も出ずに月を見ていると、どこからか水音が聞こえた気がした。
「?」
思わず立ち上がり、船から身を乗り出して水面を覗き込む。
何かが海の中で動く気配がした。
大きな魚か?
正体を探ろうと視線を巡らせた瞬間、大きな爆発音がシェイドの背後で響いた。
その音に驚く間もなく、背中から激しい圧迫感と高温が襲って来た。
脳裏に先程見かけた花火の残骸が浮かんだ。
あれが爆発したのに違いなかった。
「ぅあああぁあっっ!!!!」
吹き飛ばされる体を、どうにか支えようと掴んでいた手すりが次第に曲がって行く。
「くっ!!」
耐えかねて、手を手すりから離す。
投げ出される浮遊感と、海面に強かに打ちつけられるのを最後の感覚にしてシェイドは意識を失った。