※SS『秋のシェレイ』の続きです。
先に↑を読んでいただくと分かりやすいと思います(・ω・*)ノ゙
鼻をくすぐる甘い香りに、レインは目を覚ました。
どこかでかいだことのある香り・・・。
「ん・・・」
朝日のさすベッドを起き上がって、目をこする。
となりのベッドでは、妹のファインがまだ夢の世界にひたっていた。
美味しいものの夢でも見ているのか、よだれを垂らしながらニヤニヤしている。
「もう、ファインったら」
クスッと笑って、出来るだけ音をたてないように、ベッドから抜け出す。
レインの目を覚まさせた、あの香りは、窓の外からしているようだ。
なんだったかしら、この香り・・・。
よく知っている香りなのに。
目が覚めたばかりで、頭がハッキリしない。
ぺたりぺたりと裸足のまま、窓に近づく。
窓は細く開かれ、そこに何かが置かれていた。
これ・・・、
「キンモクセイ・・・?」
窓の外には小さなキンモクセイの鉢が一つ、あった。
小さな木には、こぼれんばかりの花が咲いていた。
オレンジがかかった黄色の花は、甘く、優しい香りをはなっている。
「キンモクセイが、どうして、こんなところに・・・?」
そう呟きながら、鉢を手に持つと、小さなカードが添えられているのに気が付いた。
装飾の、ほとんどないシンプルなカード。
そっと開くと、クセのないキレイな文字が目に入った。
『レインへ。』
レインは思わずふきだしてしまった。
カードもシンプルだけど、その中も負けずにシンプルだ。
宛名だけしかないなんて。
キンモクセイを、どうしてくれたのかも書かれていなければ、その送り主の名前さえない。
でも。
誰がくれたかは、分かる。
見覚えのある、この字。
ううん、字だけじゃなくて。
去年、一緒にキンモクセイを見た、あの人。
「シェイド・・・」
レインは、彼の名を呟くと、こっそりと微笑んだ。
それから数日後、月の国のパーティーで、レインはそっとシェイドの袖を引っ張った。
「ね〜ぇ、シェイド?」
それぞれの妹がご馳走に突進していって、レインとシェイドだけが残された時だった。
少し甘えるようなレインの声にシェイドはドキッとする。
それを気付かれないように、さり気無さを装って短く答える。
「ん?」
「この前、私の部屋の外に、キンモクセイ置いていったのシェイドでしょ?」
「・・・どうして、そう思うんだ?」
シェイドは、レインの顔を見ずに短く聞く。
「だって・・・」
そう言ってから、レインは心配そうにシェイドの顔を覗き込んだ。
口調もぶっきらぼうだったけれど、何だか、怒っているように見える。
「・・・シェイドじゃないの?くれたの」
「え?」
「私、去年、シェイドとキンモクセイを一緒に見たことを思い出して、てっきりシェイドがくれたのかと思ったんだけど・・・」
レインがそう言うと、シェイドは驚いて目を見開いた。
「レイン、あの事、覚えてたのか!?」
「え、ええ・・・」
シェイドが、そんなことになぜこうも驚くのか戸惑いながら、レインは頷く。
「そっか・・・」
そう言いながら、シェイドは、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。
彼にしては珍しい、柔らかな笑顔に、レインの心臓がはねた。
「・・・ねえ、なんでさっきあんな顔したの?」
「あ、あんな顔って?」
「むっす〜として、なんか怒ってるみたいだった。だから、私キンモクセイくれたのシェイドじゃなかったのかと思って心配しちゃったじゃない」
レインはわざとらしく頬をふくらませる。
その表情が愛らしくて、ドギマギしながらシェイドは慌てて手を振って否定する。
「そ、そんな顔してたつもりはっ・・・」
本当は、送り主を明かさずに送ったのに、すぐにバレてしまったことが照れくさかっただけなのだ。
が、さすがにシェイドも、そのことを言いたくはなかった。
だが、そんなことは知らないレインは、まだ不機嫌そうに口をとがらせ、頬をふくらませている。
「それにあのカードだって、『レインへ』しか書いてなかったし・・・。
どうして名前書いといてくれなかったの?」
「・・・あ、あれは」
「なぁに?」
「その・・・」
言いにくそうにするシェイドの目をジッと見つめて、レインは先をうながす。
「キンモクセイを送るのは、オレの勝手な気持ちだから、オレが送ったってことはレインには知られなくっても・・・、いや、知られないほうが、いいような気がして・・・」
聞いていたレインが不思議そうに首をかたむける。
「どうして?私、送ってくれたのがシェイドかもしれないって思ったとき、すごく嬉しかったわよ?」
「レインが、去年のこと覚えてくれてるとは思ってなかったし・・・。
それに、『これ』はオレの中だけのことだったから」
「『これ』って・・・?」
レインに聞かれると、シェイドは目を少し彷徨わせて逡巡した。
そうして、その目を天井にむけると、息をひとつ吐き出した。
「去年は、レインがキンモクセイが咲いてるのを教えてくれたろ?」
「・・・そう、だった?」
二人でキンモクセイを見たことは覚えていたが、自分が咲いているのを教えたとまでは覚えていなかった。
「そうだったんだよ」
シェイドはくすぐったそうに笑った。
「それが、オレにはすごく嬉しかったんだ」
「え?」
そんなことが?とレインは思った。
キンモクセイが咲いていて、それを教えた。
特別なことは何もない。
それなのに、なぜシェイドは、そのことを特別な出来事のように・・・?
すると、そのレインの疑問に答えるかのように、シェイドが口を開いた。
「レインが教えてくれるまで、オレ、キンモクセイの匂いに気付かなかったんだ」
そのシェイドの声が、少しだけ寂しさを帯びたようで、レインは思わずシェイドを見つめた。
シェイドと、レインの視線がぶつかる。
シェイドの目は、秋の深い夜空を思わせる色で、レインは思わず見入る。
「・・・おかしいだろ?あんな強い香りなのに。
オレ、あの時、星のこと守らなきゃって必死になって、全然、心の余裕がなかったんだ」
レインは思い出す。
一年前、エクリプスと名乗っていたころのシェイドを。
クールな表情の下の、誰よりも激しい感情。
この星を守ろうとする、その強い瞳。
時に反発しながら、それでも惹かれずにはいられなかった――。
「レイン、お前が思い出させてくれた。
オレが何を守りたかったのかを。
この星の何を愛していたのかを」
「そんな、私・・・」
そんな風に言ってもらえるようなこと、してないのに・・・。
レインがそう言おうとしたとき、シェイドがニッと笑った。
「だからさ、今年はオレが先にレインにキンモクセイが咲いてるの教えたくてさ」
レインはあっけにとられる。
「だから・・・、あの鉢を・・・?」
「ああ、こんなのレインにとっては、全然意味ないことだろ?
意味があるのはオレの中でだけだ。
だから、キンモクセイ送ったのオレだってバレないようにしたかったんだけどな・・・」
シェイドはそう言って頭をかく。
レインはクスッと笑って、シェイドにそっと寄り添った。
何だか、自分よりも年上のこの月の国の王子が、とても可愛く思えて仕方なかった。
「もっと早くに言ってくれれば良かったのに・・・」
「え?」
「キンモクセイのこと」
「ああ・・・。なんとなく、自分の弱さをさらけ出すみたいで、さ」
「弱くったっていいよ」
レインの手が、シェイドの手に重なる。
それは、一年前と同じ温もり。
「一緒に、いるから――」
パーティ会場のざわめきの中、囁かれた言葉は、他の誰にも聞こえないような小さい声ではあったけれど。
その声は、シェイドの心臓に深く染みた。
重ねあわされた手の温もりが溶け合う。
窓からは、遠く、キンモクセイが香りはじめていた。
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