『心の置き場所』
「・・・はぁ」
知らず知らずのうちに溜め息が出る。
この僕とした事が、何を血迷ってるんだ・・・。
あの時、ロイヤルワンダー学園を去った時に、共に捨て去ったつもりだったのに。
久しぶりに見た君の笑顔に、想いが甦る。
思い返すのは、あの日、僕がまだ闇に囚われていた頃の事。
僕にとって、君たち、ふしぎ星の連中は、計画を台無しににする鬱陶しいだけの存在だった。
そう、レイン、君も、疎ましく思いこそすれ、まさか心惹かれるなんてあるはずもなかった・・・。
『トーマさんっ、はやく行きましょう?』
レインが楽しそうに駆け足しながら僕の前を行く。
あの日、僕たちは珍しく2人で取材に出かけた。
取材内容は、確か『学園のバラ園の見ごろ』だったな・・・。
正直、そんなニュースにつきあう気はなかったんだが、あのクレソンとかいう男の事が気にかかったのだ。
ふたごのムダに前向きな明るさ、それを苦労して挫こうとする度に、あの男が出てくる。
また変なことを吹き込まれちゃ困る、そう思った。
今、思い出すと何て馬鹿な考えなんだろうと苦笑してしまうが・・・。
あの頃は、楽しい事、嬉しい事、優しい事、光の中にある全てが疎ましかった。
「わ〜、キレイ〜!!」
目の前に一面のバラ園が広がる。
その中をレインが踊るように進んでいく。
色とりどりの花。
その中にあっても、一際鮮やかなレインの青い髪。
あぁ、キレイだ・・・。
――?
キレイ・・・?
素直にそう思ってしまったことに、驚く。
ふるふると首を振って、自分の中に忍び込んできた思いを追い出す。
何を考えてるんだ、僕は。
「ほら、レイン、早く取材を始めよう?」
この学園に来てから培った、鉄壁の笑顔でレインをうながす。
「あ、あぁ、ごめんなさいっ、トーマさん」
頭をかきながら、レインが僕の元に戻ってくる。
やれやれ・・・。
レインといい、ふしぎ星の連中といるとペースをくるわされっぱなしだ。
とりあえず溜め息を1つついて、僕は庭師のクレソンの元へ行こうと踵をかえした。
「っ!」
瞬間、指先に痛みが走った。
人差し指を見ると、赤い血が小さく膨らんでいた。
どうやらバラの棘で射したようだ。
・・・全く、今日の僕はらしくない。
「射しちゃったんですか?」
レインが心配そうに顔をよせる。
「あぁ、大した事ない・・・」
途中まで言葉を言いかけたところで、レインが僕の手をとった。
そして、人差し指に唇を寄せると、刺さった棘を吸い取った。
・・・・・・!!
「れ、れいん!?」
こ、これにはポーカーフェイスを保っていられない。
な、なんでいきなりこうなるんだ?
あぁ、思考回路がどんどんにぶっていく・・・。
「はい、これで大丈夫っ!!」
レインが顔をあげてニコッと微笑む。
・・・・・・・・・・・・。
悔しい。
そして、認めたくない事に・・・。
心臓が跳ね上がった。
「さっ、はやく行きましょう!」
レインは今したことが何でもないかのように、走り出す。
「あ、ちょっと・・・」
いや、引き止めてどうする気だ。
僕は一旦出した手を引っ込めようとする。
そして、その時ふと先程レインの唇がふれた人差し指が目に入った。
小さな棘を射しただけの傷は、もうほとんど見えない。
ギュッと手を強く握り締める。
レイン・・・、頼む。
これ以上、僕の心を惑わさないでくれ。
闇に眠ろうとする僕の心に、そっと入りこもうとする暖かな想いを、その頃の僕は懸命に否定しようとした。
けれど、闇から抜け出した今、あの時の努力は無駄だったと自信を持って言える。
――なぜなら学園を離れて数ヶ月たったというのに、いまだに僕はこの想いを捨て切れていないから。
会えなかった時間が、彼女への思いなど消してくれていると思っていた。
むしろ消し去ってしまえるように、必要以上に忙しく働いていたはずなのだ。
だが、久しぶりにあったレインは、相変わらずの笑顔を僕にむけてくれる。
その瞳は、あの日のバラ園での輝きそのままで。
いくら君から目をそらそうとしても、視線は言う事を聞いてくれない。
これが、かなわない想いだなんて事は知っている。
だって彼女の横には、いつも、あいつがいる。
ケンカしている時も、ただ黙って側にいる時も、常にレインを愛おしく見ている、あのプリンスが。
そして、僕は知っている。
レインも、同じように愛おしく、あの男を見ていることを。
それでも・・・、この心は、そう簡単に消す事も出来やしない。
僕は、自分の手を見つめる。
あの日、レインが唇を寄せた指。
バラの香りが、甦る。
あぁ、僕の心は、あの時、あの場所から、まだ動き出せずにいる。
――レイン。
眼鏡のレンズ越しに揺れる青い髪。
その髪にふれたい。
君を、抱きしめたい。
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このサイト唯一のトマレイSS、というか、シェレイでないのすら唯一、かも知れません。
きっかけはトーマさん再登場の回(フウコウメイビの回です)を見逃したから、です。
悲しみのあまり、自分で自分を慰めようと書いたんですね。
悲しみのあまりか文章が軽く崩壊しています・・・。