リンクの上のシェイドとレイン




氷のリンクの上を、鮮やかな赤い衣装をつけた女性が舞っている。

ジャンプや、スピンなど、地上で普通の靴でやっても難しそうな技を、薄い金属の刃(エッジ)で体を支えた状態でこなしてしまう。

レインとファインは、初めて生で見る『フィギュアスケート』の素晴らしさに、観客席で大きな歓声をあげた。

「すっご〜い!ねぇ、レイン、すっごいよ今の!!」

「うんうん!素敵ね、ファイン、すごく素敵だわ!!」

興奮してボキャブラリーが極端に少なくなっている2人の娘に、おひさまの国の王様と王妃様は顔を見合わせて微笑んだ。

   

それから数日後、すっかりフィギュアスケートに憧れてしまった2人は、アルテッサにソフィー、それにブライト、シェイド、アウラーを(半ばムリヤリ)誘って、スケート場へと来ていた。

「あのね、あのね、私はクルクル〜て回りながらジャンプするんだ〜」

「私は『レイバックスピン』ていうのをやるの〜」

スケートを滑ること自体が初めてだという、ふたご姫は、先程から自分たちが華麗に舞う姿を妄想し続けている。

 

見守る他の面々は苦笑ぎみだ。

「・・・全く、あの2人は! いきなり、そんなのムリだって言ってるのに!」

「まぁまぁアルテッサ、そんなに怒らないで」

「そうだわ、あの2人は何をやりだすか想像もつかないものv」

「ソフィー、それは何となく意味が違う・・・」

「まぁ、とにかく滑ってみればわかるだろ。 見るのとやるのとの違いは」

シェイドが溜め息混じりに促す。

「それもそうですわね。

ファイン、レイン!妄想はそれ位にして、さっさと滑りますわよ!」

「「は〜い!!」」

2人は声を揃えると弾むようにリンクへと駆け出した。

 

スッテーーーン!!!

リンクに大きな音が響いた。  

 

「・・・まぁ、予想通りですわね」

「本当に、あの2人は期待を裏切らないわね〜v」

アルテッサとソフィーが言いたい事を言っている中、音の発生源であるレインとファインは呆然としたまま尻餅をついている。

「ぇ、何で・・・?」

「みんな、簡単そうに滑ってたのにぃ・・・」  

 

――それから数分後のリンク。

レインはファインと一緒にリンクの端のバーに必死でつかまりながら足をジタバタさせていた。

「ふぇ〜ん、立つことも出来ない〜」

ガックリと肩を落とすファインを見て、レインは頬に手をやって考え込む。

「う〜ん、どうやったらいいのかしら?」

何か参考にならないかと、氷の上を滑っていく仲間たちに目をやる。  

(えーと、みんなはどこかしら。

ブライト様は・・・、いたいた。

うわぁ、すっごい上手。

ダンスを踊ってる時と同じように、爽やかで優雅だわ〜。

シェイドも・・・、悔しいけど上手いわね。

スイスイ滑ってるわ。)

 

「お、お、おどきなさーーいっ!

い、いえ、それよりも・・・、

お止めなさーーーーーいっ!!」

突然、スケート場に高い声が響いた。

レインが声の先を見ると、アルテッサがキャーキャー騒ぎながら周りの人をなぎ倒して滑っていた。

・・・たぶん止め方を知らないのだろう。

ものすごいスピードで暴走している。

「ア、アルテッサ、あ、足を、よ、横向きに・・・」

アウラーが息も絶え絶えに必死で追いかけるが、暴走するアルテッサには全く追いつきそうにない。

ソフィーが、その後ろを楽しそうについていく。

足取りはまるでスキップでもしているようだ。

 

「はぁ、みんな凄いわぁ・・・」

レインが『色んな意味で』そう呟いた。

「あ、そうだわ!」

ポンと手を打つと目を輝かせる。

「ブライト様よ!ブライト様にコーチしてもらえばいいんだわ〜v」

レインの頭の中には、パァッと『ブライト様の手取り足取りラブラブ☆レッスン』の図が浮かんだ。

妄想するレインの放つ恋のオーラでリンクの氷が溶けそうだ。

「あ、あの、ブライト様!私にコーチを・・・」

満面の笑みでブライトを振り向いたレインは、途中で固まった。

 

「ちょ、ちょっとブライト!いいって!」

「遠慮しなくていいよv

ほら、ゆっくり右足出して?」

ブライトは、ファインの両手をとってレッスンの真っ最中だった。

ファインは顔を真っ赤にして照れている。

「いいってば〜!」と叫んではいるのだが内心は嬉しそうだ。

(そ、そんな、かなり、・・・・・・い、いい雰囲気!)

出来る事なら、2人の間に割り込んで行きたいところだ。

だが・・・・・・。

(う、うぅ、見えないバリアーが2人の周りを取り巻いてる・・・)

がっくりとしたレインは、すぐにハッと顔を上げた。

「・・・あれ?

ファインたちはレッスンしてるし、アルテッサたちはみんなで楽しく暴走してるし・・・、

も、もしかして私だけ1人〜っ!?」

わたわたと周りを見回す。

・・・と、1人で滑っているシェイドと目があった。

 

「・・・なんだ?」

仏頂面でシェイドが口を開く。

「べ、別に、何でもないわよ〜!」

思わず憎まれ口を叩いてしまう。

レインは何故か、いつもシェイドにだけは素直になれないのだ。

「ふーん、何でも、ねぇ?」

シェイドが意地悪げに笑う。

「そ、そうよっ!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「教えてほしかったら、素直にそう言えよ?」

「! べ、別にシ、シェイドになんて教えてもらわなくっても大丈夫よっ」

「へー、そうですか」

「・・・・・」

「・・・・・・・」

沈黙に耐え切れず、レインは自主練習を再開した。

(ま、まずは、このバーから手を離さなきゃ・・・)

一生懸命に手を離そうとするが、なかなか出来ない。

薄いエッジに体を預ける事への不安と、散々転んだ時の痛みが甦ってしまうのだ。

恐る恐る手を離すが、すぐにころんでしまう。

シェイドがそばで見ているので、失敗なんかしたくないのだが、どうしても上手くいかない。

悔しくって涙があふれそうになる。

「・・・レイン」

不意にシェイドが声をかける。

「な、何よ!」

思わず、つっけんどんになるレインの口調を、シェイドは気に留めた様子もなく、レインの元へと滑り寄る。

「きゃっ」

レインは思わず声を上げる。

シェイドが急にレインの腰に手をやったのだ。

「ちょ、ちょっと何するのよ!」

「こうして支えているからちょっと1回まっすぐ立ってみろ」

「え?」

「まずカカトをつけて、右と左の足が直角になるように開けるんだ」

「う、うん・・・」

言われた通りにしてみる。

ややふらつく。

「怖がらなくていい。ちゃんと支えてる」

シェイドの少し低めの落ち着いた声が、レインの心を安心させる。

「大丈夫。

エッジは、お前が思ってるよりも幅があるんだ。

変に構えずに自然にしろ」

「う、うん・・・」

少しずつふらつかなくなってくる。

「・・・よし、ちょっと手を離すぞ」

シェイドの手が離れる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・。

あ。

・・・・・・立てたぁ」

レインの顔がパッと明るくなる。

「すごーい!!」

「それがスケートの基本姿勢だ」

「シェイド、意外とスケート詳しいのね?」

「・・・前に少しだけやってた」

「へ〜っ」

 

「で?どうする?」

「え?」

レインの顔がキョトンとなる。

「『シェイドなんか』でよければ、教えてやってもいいんだぞ?」

さっき悔し紛れに言った言葉を、今更ながら後悔する。

「あ、・・・その」

(シェイドはきちんと教えてくれようとしてたのに、私ったら・・・。)

「・・・さっきは、あんな事言ってゴメンね。

あ、改めてレッスン、して下さいっ」

ペコリ、と頭をさげようとした途端。

ズッテーーン!!

・・・大きな音を立てて派手に転んでしまった。

「きゃーっ!!」

見事に尻餅をついたレインに、シェイドが頭を抱える。

「全く・・・。

オレのコーチは厳しいからな?覚悟しろよ」

「はーい。

・・・でも、シェイド?」

「ん?」

「厳しいのはいいけど、そんな風にムスッとした顔してちゃ、せっかくのスケートが楽しくないじゃない?

この前見た大会でもね、みんなニコニコ笑ってたわ。

きっとニコニコしてるから、スケートってあんなにキレイで楽しいのよ。

だから、ね、シェイドも笑って?」

レインがそう言ってニッコリと笑って見せる。

シェイドは一瞬驚いたような顔をした。

そうして小さく「かなわないな」と呟いた。

(何が「かなわない」のかはレインには分からなかったが・・・)

そして、転んだままのレインに手を差し出すと、優しげに笑った。

「それでは、プリンセス・レイン。お手をどうぞ?」

「ええ、プリンス・シェイド。喜んで」

2人は顔を見交わして笑った。

氷で冷えたレインの手に、シェイドのぬくもりが心地よく染みた。







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澪さまからの「フィギュアを題材にしたシェレイSSを」というリクより。
・・・果たして答えれているのか(汗)
澪さま、お待たせして申し訳ありませんでした!