赤く、青い炎
赤い髪を、いつものように2つに結う。
いつも通りの赤を基調とした服。
鏡の中には、見慣れた姿。
いつも通りの朝。
いつも通りの学園寮の部屋。
私たち、ファインとレインの2人の部屋。
鳥の声が聞こえる。
今朝はすごくいい天気で、風が心地いい。
カーテン越しの日の光が斜めにさして、朝の風景を鮮やかに浮かびあがらせる。
「ファイン様、早くなさらないと、ご朝食が冷めてしまいますよ!」
ドアの向こうから響くキャメロットの声を何となく聞きながら、私はまだ鏡の中の自分と向かい合っていた。
何もかもが、いつもと同じ朝なのに今日は何もかもが違って見えた。
「ファイン様っ!!聞いてらっしゃるんですか!?」
バンッと扉を開けてキャメロットが入ってきた。
「ぇ、ぁあ!うん、聞こえてる!!」
思わずボーっとしていた私は、慌てて返事をした。
「全く、もう…」と少し呆れ顔のキャメロット。
「ぁ、レ、レインは…?」
「レイン様なら、もう食堂にいらっしゃいますよ。
今日はいつもより食欲がおありのようですから」
キャメロットに促されて、部屋を出る。
食堂に着くと、青い髪の私の片割れが笑顔で手を振ってきた。
「おはよう、ファインv」
ニッコリと笑ってみせる、その顔を見て、不思議にホッとして息をついた。
・・・そうして何事もなく1日は過ぎて、暮れていく太陽を見つめながら、私は庭園の片隅に腰掛けた。
「・・・ふぅ」
知らず知らず、溜め息が漏れる。
キィ、と扉の開く音がした。
視線を移すと、庭園にある温室からシェイドが出てきたところだった。
シェイドと目が合う。
「・・・どうしたんだ?こんなところで」
「ぇ、あの、何だか、1人でいたくって・・・」
その私の言葉にシェイドは苦笑した。
「そうか、じゃあ声をかけたのは悪かったな」
思わず顔を上げる。
「ううん、そんな事ないわ!!」
1人でいたかった。
でも、誰かに自分の気持ちを知って欲しかったのも確かだった。
そんな自分の気持ちを上手く言葉に出来なくて、私は歯がゆくなって、また俯いた。
「そんな事ないの・・・」
両手を胸の前で握る。
視線をうろうろと彷徨わせてから、そっと、前をうかがうと
シェイドが真正面から私を見ていた。
「レイン?」
シェイドの口から出た言葉に私は、瞬きすら忘れて動けなくなった。
「ぁ、ああ、ごめん。
いきなり何を言い出すんだろうな、オレは」
いつになく慌てた口調でシェイドが頭をかく。
「何だか、今日のファインの仕草や口調を見てたらレインと一緒にいるような気になって・・・」
その言葉に、私の目から涙があふれる。
「あぁ、すまない!!」
「ううん、違うの。シェイドが謝る事なんてないの・・・」
違う、違うのよ。
私は嬉しいの。
シェイドが、私がレインだって気付いてくれた事が。
――昨日の夜の事だった。
私とファインは、天使たちと一緒に遊んでいた。
キャーキャー言いながら追いかけっこをしている時に、棚の上にあった花瓶が天使めがけて落ちてきた。
私とファインは、天使をかばうようにして覆いかぶさり、天使は高い叫びを上げながら眩い光を発した。
次に目を開いた時には、落ちてきたはずの花瓶は棚の上に戻って、
・・・私とファインは、心だけ入れ替わっていた。
天使は慌てていたけれど、どうやらすぐに戻せるらしい事を身振り手振りで伝えてきた。
それに対して、私たちはお互いの顔を見つめた。
「せっかくだから明日1日入れ替わったままでいない?」
とイタズラっぽく提案したのが、私の顔したファイン。
「そうね、上手くお互いになりきって、みんなを騙しちゃいましょv」
とその提案にウィンクで答えたのが、ファインの顔をした私だった。
けれど、この1日、私はその決断を後悔していた。
みんなが私にファインとして接してくるたび、何故かたまらなく寂しくなったのだ。
私は、気付いてほしかった。
自分が自分であることに。
そして呼んで欲しかった、「レイン」と。
自分に向かって、自分の名前を。
事情を聞いたシェイドは私の隣に座り、涙をぬぐってくれた。
「ごめんね・・・、私、嬉しくて・・っ・・」
「いや、でも本当にレインだったなんてな」
シェイドは苦笑ぎみに言う。
照れくさそうに、シェイドは私の目を見つめる。
「良かった、間違えなくて」
シェイドの深い色をした目に吸い込まれそうになる。
「・・・私も、良かった。
分かってくれたのがシェイドで」
私たちは、お互いの目から視線を逸らせないまま、見つめあった。
「レイン・・・」
夕日のせいか、シェイドの顔が赤い。
そっとシェイドの指が私の頬にふれる。
心臓が、跳ね上がる。
ふれられた頬がどんどん熱くなるのが分かる。
胸が苦しいよ・・・。
ふいに、手が離され、シェイドが顔を背ける。
「え?」
私は思わず声を上げる。
するとシェイドは赤い顔のまま、横目でこちらを睨んだ。
「頼むから、早く元に戻ってくれ。
このままだと、ファインに監視されてるみたいで落ち着かない」
私は思わず吹き出してしまった。
だって、シェイドの顔がふてくされたイタズラっ子みたいだったんだもの。
「笑うなよ、レイン」
「ごめんなさ〜い」と謝りながらも、私は笑いが止められなかった。
ああ、この人に「レイン」と呼ばれるのは、何て心地がいいのだろう。
――私はきっと、この人に自分のことを気づいてほしかったんだ。
夕焼けの赤が、ゆっくりと宵闇の濃い青に変わるのを見ながら、私は自分の中に消せない火が灯るのを感じた。
fin.
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このSSは水川雫さまの「ファインとレインが入れ替わった話」というリクから。
微妙に文章トリックを入れてみました。
「読みづらい」というお声もあり、まだまだ修行が必要だったな、と思っております。
水川さま、リクありがとうございました。