囚われの身

 

※注:未来設定(十数年後、普通にシェレイ、ブラファが結婚してます。)

今回のSSは、当サイトの小説『something blue』を先に読むとより楽しめます。

 

「ブライト!!大変、大変〜っ!!」

扉を勢いよく開けて、部屋に飛び込んできたファインにブライトは目を丸くした。

かつては、おてんばで知られたファインも結婚してからは落ち着きが出てきていた。

だが、今はスカートの裾を邪魔そうにつかみ、息を荒くして、落ち着きのかけらもない。

「ど、どうしたんだい?ファイン」

「あ、あのねっ・・」

夫であるブライトに両肩を軽く支えられながら、ファインは息を整えた。

どうやら、ブライトの部屋まで全速力で走ってきたようだ。

「・・・あのね、シェイドが・・・」

ようやく、呼吸が整って話し始める。

「今度はシェイドが闇にとらわれちゃったの!!!」

・・・・・・・・・・・

「えぇぇっ!!!」

しばしの間があいてから、ブライトは大きく叫んだ。

突然のことに思考回路が一瞬正常に作動しなかったらしい。

「え、で、でも、なんで・・・っ」

しどろもどろになるブライトを今度はファインが両肩を支えて落ち着かせる。

「レインを魔物の元から救い出した時に、ブラック・クリスタルは全部消えたはずじゃなかったのかい?」

 

シェイドの妻で、ファインの姉でもあるレインが、以前魔物にさらわれた時のことを、ブライトは思い出していた。

魔物は、レインの心を操り、この星を支配しようと企んでいた。

だが、レインを想うシェイドの心が彼女を元に戻し、ファインと力をあわせたプロミネンスによって闇の力の根源であるブラック・クリスタルは一掃された、はずだった。

それなのに何故、それから何ヶ月もたった今頃になってシェイドが闇にとらわれるなんて事が起きたんだ?

 

「それがね・・・、月の国のインチキ占い師がブラック・クリスタルの破片を1つくすねてたみたいなの。

その人が、みんなを騙してお金を取ってるって裁判になった時、その場にいたシェイドに破片を投げつけたって・・・」

――通常、月の国の王であるシェイドが、裁判に出向くことは無い。

だが、その占い師の男に何か引っかかるものを感じたシェイドは裁判所に足を向けた。

それは、男から発する闇のオーラの為だったかもしれない。

公のことで裁判に出席している訳では無いので、シェイドは一般の傍聴席に腰を下ろした。

なるべく目立たないように、服装などにも気を使っていたが、実際には人々に親しまれている国王なので、その場にいた人はほとんどが、その存在に気づいていた。

だが、もともとアクティブに色々なところに出向く王なので、特に騒ぎになることも無く、裁判はつつがなく進んだ。

シェイドが、自分の不安は杞憂だったかと胸をなでおろした時、事件は起こった。

自分の罪が確定した男が、高い叫び声を上げると震える手でブラック・クリスタルの破片を取り出したのだ。

「こんな国メチャメチャにしてやる!!」

そうわめいた男は、傍聴席にいたシェイドめがけて破片を投げつけた。

 

破片はシェイドの胸に向かって真っ直ぐに飛んだ。

普段だったら避けられただろう。

シェイドの隣にいた老人が激しく咳き込まなければ。

そして、シェイドがその老人の背中を擦ってやっていなければ。

 

シェイドの胸に深々と突き刺さった破片は、瞬間的に彼の体を犯していった。

手足が激しく震え、目の前が真っ暗になる。

首が、背中が痙攣をし始める。

「あぁぁあぁあっぁあ!!」

制御のきかない体に、だらしなく叫び声が漏れる。

自分に対する苛立ちと、周りの人々の叫び声が微かに聞こえるのを最後の感覚にして、シェイドの思考は闇に乗っ取られた。

 

 

ブライトの開発した超高速飛行艇によって、月の国に降り立ったファインとブライトは絶句した。

美しかった月の国の3分の1程が既に破壊され、その中心にシェイドがいた。

闇の王であることを誇示するかのように、黒い衣装を纏ったシェイドは、ムチや手から発する衝撃波によって次々と建物を破壊していた。

その周りでは、民衆や城の従者たちが何とか元に戻そうと声を上げたり、ロープで絡め取ろうと動いていたが、今のところ、そのどれもが徒労に終わっていた。

 

人々を嘲笑うように、建物から建物へシェイドが飛び移る。

そして、いくつ目かの建物の屋上に降りた時、短剣が飛んできてシェイドの鼻先をかすめた。

「!!」

シェイドが、その飛んできた方向を見ると、長剣を持ったブライトがいた。

のほほんとした王子様風のブライトだったが、剣の腕は確かだった。

先ほど投げられた短剣も、シェイドの動きを止める為に、わざと外れるように投げられた。

もともとの思考は存在しないはずのシェイドだったが、微かに残る記憶の為か、それとも体で感じたのか、油断ならないという風に素早く身構えた。

 

2人は互いの動きを観察しながら、ほんの少しずつ間合いを詰める。

駆けつけたファインや人々は、その光景に固唾を飲んだ。

じりじりとした動きに、シェイドとブライトの額には自然と汗が浮かぶ。

そのとき、ピクッとシェイドの手が動いた。

それを見たブライトが足を踏み出す。

合わせるようにシェイドもムチを持つ手に力を入れる。

次の瞬間に勝負が決まる。

緊張に、その場の空気が張り詰める。

その時――、

「シェイド〜〜!!!」

上空から澄んだ声が響いた。

 

「え?」

そう呟いてファインが上を見上げると、かざぐるまの国の気球に乗ったレインがいた。

かざぐるまの国を訪問していたレインは駆けつけるのが遅れたのだ。

いや、でも、このタイミングはどうなの?

そんなファインの思いをよそに、レインは屋上に降り立った。

そして、つかつかとシェイドに歩み寄っていく。

「!! 危ない!!」

人々から声が上がる。

レインは、シェイドが闇にとらわれているのを知らないのだろうか?

いや、そんなはずは無い。

知っているはずなら、何故・・・・!!!

ファインはレインを止めようと駆け出した。

だが、互いの間に距離がありすぎた。

レインはすでに、シェイドの目の前に立っていた。

「・・・・・・」

シェイドは突然の事に、瞬間戸惑いを見せたが、すぐに無表情に戻るとレインに向かって手をかざした。

その手に黒いオーラが集まる。

・・・衝撃波で吹っ飛ばす気だ!!

ファインは背中がゾクリとするのを感じた。

「レイーーーンっ!!!」

 

バッチィーーーーーン!!

 

周囲に、ものすごい音が響いた。

ファインは駆け出した足を止め、ブライトは構えなおした剣を持ったまま、呆然と突っ立っていた。

「レイン・・・?」

その視線の先にいるレインは衝撃波で吹っ飛ばされてなどいなかった。

その代わり、彼女のフルスイングの平手打ちをくらったシェイドが足元で倒れていた。

レインは、シェイドを見下ろすと、その澄んだ声を上げた。

「もうっ、何やってるのシェイド!!」

いやいや、何やってるのじゃなくって・・・・。

ファインとブライトが心の中で突っ込む。

だが、レインはお構いなしに言葉を続ける。

「こんなにメチャメチャにしちゃダメじゃない!」

そう言いながらシェイドを抱き起こす。

「あぁ〜!!」

ファインが思わず声を上げた。

今のシェイドに下手に触れるのは危険だからだ。

闇にとらわれたシェイドを平手打ち程度で元に戻せるとは思えなかった。

むしろ怒りを倍増させたに違いない。

あせって、一旦は止めた足を踏み出す。

「・・・すまなかった」

ん?

一旦止めて踏み出した足を、また止めた。

見ると、レインに叱られたシェイドが首をうなだれている。

えぇ!?まさか平手打ち程度で元に戻った!!?

信じられないでいるファインをよそに、レインはシェイドの手をとり立ち上がらせた。

「さぁ、みんなに謝りに行きましょう?

修理もしなきゃ!!」

「ああ、分かった・・・。

ごめんな、レイン」

「私には謝らなくっていいの!!

善は急げよ、すぐに行きましょう」

レインに手を引っ張られたシェイドは、素直だった。

ぇ、本当に元に戻った・・・・・?

ファインはあっけにとられた。

 

呆然と見守る人々1人1人に、「ご迷惑おかけしてすみません」とレインは頭を下げて回った。

シェイドはイタズラを見つかった子供のようにその後ろについていく。

ふと、ファインが先ほどまで2人がいたところを見る。

そこには平手打ちの時にシェイドの体外に出たと思われるブラック・クリスタルの破片が落ちていた。

破片は、レインの声が響く中、パキンと音をさせて崩れ去った。

――なんて、あっけない幕切れなんだろう。

ファインは体から力が抜けるのを感じた。

 

ブライトがファインの横に来る。

「ねぇ、こんな事だったらレインが闇にとらわれた時も、シェイドが平手打ちすれば良かったんじゃないの?」

呆然として、呟くようにファインが聞く。

「いや、それはムリだろうな・・・」

「何で?」

「シェイドにはレインを叩くなんて出来っこないよ」

「そう?」

「そうだよ」

「何で分かるの?」

「僕だったら、ファインを叩いたりなんてできない。

たとえ、それが闇から戻す手段だったとしても。

そういう意味で僕とシェイドは似てるんだよ」

「ふ〜ん、そうなの?」

今ひとつ納得がいっていない様子のファインにブライトは優しく微笑んだ。

「王子様が、お姫様を傷つける訳にはいかないだろう?」

その言葉に顔を赤くしたファインにブライトは笑みを深くする。

 

例え、自分が傷ついても君を守りたい。

君が塔の上で、黙って助けが来るのを待ってるような姫君では無いと知っていても。

 

 

fin.

-----------------------------------------------------

このSSは氷姫さまの「シェイドが闇の力にとらわれていたver.の話」というリクから。
レイン様の平手打ちが書いていて楽しかったです。
氷姫さま、ありがとうございました。